第42話
竜人であり、魔法王でもあるヘイズ・グラント。
――正直なところ、心のどこかで思っていた。
相手は魔術師、近接戦に持ち込めれば、有利になる、楽に勝てる。
そんなこと、思っていたんだ……ッ!
「どうした? 的が小さくなって、当てられなくなったか?」
こちらの放つ一撃は、相手の持つ剣によって防がれる。
それも普通に防がれるのではない。一度払いのけたはずのに、逆方向から止められる。
そんなことの連続だ。そして、ボクの身体は何度も切り刻まれている。
最初に手首をやられたのと同じように、防いだはずの攻撃に、やられる。あり得ない角度と距離から、切りつけられる。
「ッ、そっちこそ、威力が落ちたんじゃないかい? 何度ボクを切ったって無駄さ」
ボクは既に何度も致命的な傷を負っている。
手首や肘をやられているから、本当ならもう、槍を持てているはずもない。
ただ、そこら辺は”慈悲の王冠”の力なのだろう。どんな傷も、数秒で治癒するんだ。
だから、文字通り一撃での致命傷を負わなければ、ボクは、死なない。
「そいつは、どうかな――どうやら、見たところ再生はしても傷はついているんだろう? ならば、やりようはいくらでもある」
チッ、流石は魔法王、並大抵の洞察力じゃないな。
こちらのハッタリも全く意味がないなんて。
「――反響せよ――」
紡がれるのは、ひとつの呪文。
おそらくはベアトの”クリエイト”と同じような魔術発動の触媒だ。
けど、何が来る? 反響というのは、いったいなんだ?
「フン、安心しろ、小娘――お前は、なにひとつ、理解できないままに、死ぬ」
そんなことを言いながら、ヘイズは大きく腕を広げる。
派手な手振りでごまかしたつもりだろうけど、こちらに対して、何かを投げつけてきたことくらい分かる。
ボクは目がいいんだ、だから、それが何とは分からなくたって、切り払える!
「ハッ、こんな石ころで……ッ!」
切り払い、前に進んだ。ガッと踏み込んだ。
けど、背中に強い衝撃を感じた。突き刺さるような痛みが、走った。
「――ッ!?」
「驚いている暇なんて、あるのかね――?」
なんだ、いったいなんなんだ。
どうして払い退けたはずの、切り払ったはずの攻撃が、明後日の方向から……ッ!?
なんて思っている内に、ヘイズは同じような短剣とも言えないような鋭利な金属を放つ。その数は8つだろうか。
そして、本人も”竜の尾”のような剣を構え、突っ込んでくる。
本気なんだ、ここで、確実にボクを殺しにかかってきているんだ!
「クリス・ウィングフィールド、新たな太陽騎士よ。
お前の名は、私の歴史に、刻んでおいてやる。我が復活を彩った仇敵として」
ッ、ふざけるな!
お前みたいな”暴君”の紡ぐ歴史の一部になるなんて、あり得ない!
このボクが、ヘイズ・グラントの倒した戦士の1人としてレコードされるなんて、冗談じゃないぞ!
「冗談じゃ、ない――ッ!」
放たれた金属片たちを、槍を回転させることで弾き飛ばす。
そして、同時に振るい降ろされた剣に、こちらの槍を蹴り上げることで防ぐ。
そう、ここまでは良い。ここまでは出来るんだ。
「フン、無駄だと分からないのか? 小娘――」
八方からの攻撃、そしてなぜかこちらに及んでくる敵の刃。
いつの間にか、切りつけられている首もと。
……ヤバ、かった、今のがあと、少しズレていたら――ッ!
(考えろ、考えるんだ、クリス・ウィングフィールド……この状況、必ずタネがある)
一手、また一手と重ねられていく攻撃。
それを防ぎながら、観察する、思考する。
相手が仕掛けた魔術式、その効果とそこから導き出されている結果を予測する。
いったいどんな魔術が介在して、この現状があるのかを考える。
「随分と、余裕があるようだな」
剣戟をかいくぐり、次に襲って来るであろう斬撃を見極めようとした、まさにそのときだ。
ヘイズの左手が、漆黒に輝いていた。
どす黒くくり抜かれた”光”が、ボクの胸元に、突きつけられていた。
「ッ、――――!!!」
反射だった、槍を回転させて、奴の左手の軌道をズラしたこと。
襲って来るであろう斬撃に備えて、自分の左手で首を守ったこと。
そして、降り注いだ無数の金属片に、何の手出しも出来なかったこと。
――全てが反射の一瞬だった。
思考らしい思考もなく、ただ、目の前から襲いかかってくる全てに、その瞬間に出来る限りを尽くした。
それだけのことしか、できなかった。それだけの、ことしか。
「死んだか……思ったより、耐えたじゃないか。
フフッ、なぁ? クリス・ウィングフィールドよ」
慈悲の王冠によって展開されていた鎧、その兜は既に砕け散っている。
額からは血が流れていて、唇から喉の奥へと流れ落ちている。
ああ、死ぬんだ。ここまでなんだ、ボクは、ここで死ぬ、殺されるんだ。
指の一本さえ動かせない。身体に力が入らない。きっとこれを、死と呼ぶのだろう。
「――まだ、息があるようだな。苦しみが長引くのも忍びない。
どれ、お前は、楽に殺してやろう……いいや、お前の身体を貰おうかな。
お前に襲われたら、あの慈悲王のいけすかないツラも歪むだろうよ」
ボクの身体には、既に”傷”が付いている。
ヘイズの”乗っ取り”の術式を発動させる条件は、恐らく満たしている。
そして、このボクが、このままこの身体を手放して死んでしまったとしたら、それは確実なものとなる。
一部の逆転の余地もなく、ボクの身体は、ベアトを襲う。ベアトを殺しにかかる。他の誰でもない、このボク自身の手で。
「冗、談、じゃ、ない……!!」
僅かばかりの力が、指先に及ぶ。
胸を焼くほどの怒りが”慈悲の王冠”に燃え移り、強烈な炎へと変わっていく。
最初にこの鎧を纏ったときよりも強烈な炎が、巻き起こる。
「ッ、また立ち上がるというのか! 何度も、何度も……ッ!
もう手遅れだ、お前はもう、私のものなんだよ!」
右手に輝く術式、それは恐らく”乗っ取り”を発動するためのものだ。
だが、分かる。これは、意味がない。今のボクに、こいつは入ってこれない。
だって、ほら、右手の術式が”発火”した。あとは、燃え落ちるだけだ。
「――もう一度、言ってみなよ。ねぇ、誰が、誰の、ものだって?」




