表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/310

第42話

 竜人であり、魔法王でもあるヘイズ・グラント。

 ――正直なところ、心のどこかで思っていた。

 相手は魔術師、近接戦に持ち込めれば、有利になる、楽に勝てる。

 そんなこと、思っていたんだ……ッ!


「どうした? 的が小さくなって、当てられなくなったか?」


 こちらの放つ一撃は、相手の持つ剣によって防がれる。

 それも普通に防がれるのではない。一度払いのけたはずのに、逆方向から止められる。

 そんなことの連続だ。そして、ボクの身体は何度も切り刻まれている。

 最初に手首をやられたのと同じように、防いだはずの攻撃に、やられる。あり得ない角度と距離から、切りつけられる。


「ッ、そっちこそ、威力が落ちたんじゃないかい? 何度ボクを切ったって無駄さ」


 ボクは既に何度も致命的な傷を負っている。

 手首や肘をやられているから、本当ならもう、槍を持てているはずもない。

 ただ、そこら辺は”慈悲の王冠”の力なのだろう。どんな傷も、数秒で治癒するんだ。

 だから、文字通り一撃での致命傷を負わなければ、ボクは、死なない。


「そいつは、どうかな――どうやら、見たところ再生はしても傷はついているんだろう? ならば、やりようはいくらでもある」


 チッ、流石は魔法王、並大抵の洞察力じゃないな。

 こちらのハッタリも全く意味がないなんて。


「――反響せよ――」


 紡がれるのは、ひとつの呪文。

 おそらくはベアトの”クリエイト”と同じような魔術発動の触媒だ。

 けど、何が来る? 反響というのは、いったいなんだ?


「フン、安心しろ、小娘――お前は、なにひとつ、理解できないままに、死ぬ」


 そんなことを言いながら、ヘイズは大きく腕を広げる。

 派手な手振りでごまかしたつもりだろうけど、こちらに対して、何かを投げつけてきたことくらい分かる。

 ボクは目がいいんだ、だから、それが何とは分からなくたって、切り払える!


「ハッ、こんな石ころで……ッ!」


 切り払い、前に進んだ。ガッと踏み込んだ。

 けど、背中に強い衝撃を感じた。突き刺さるような痛みが、走った。


「――ッ!?」

「驚いている暇なんて、あるのかね――?」


 なんだ、いったいなんなんだ。

 どうして払い退けたはずの、切り払ったはずの攻撃が、明後日の方向から……ッ!?

 なんて思っている内に、ヘイズは同じような短剣とも言えないような鋭利な金属を放つ。その数は8つだろうか。

 そして、本人も”竜の尾”のような剣を構え、突っ込んでくる。

 本気なんだ、ここで、確実にボクを殺しにかかってきているんだ!


「クリス・ウィングフィールド、新たな太陽騎士よ。

 お前の名は、私の歴史に、刻んでおいてやる。我が復活を彩った仇敵として」


 ッ、ふざけるな!

 お前みたいな”暴君”の紡ぐ歴史の一部になるなんて、あり得ない!

 このボクが、ヘイズ・グラントの倒した戦士の1人としてレコードされるなんて、冗談じゃないぞ!


「冗談じゃ、ない――ッ!」


 放たれた金属片たちを、槍を回転させることで弾き飛ばす。

 そして、同時に振るい降ろされた剣に、こちらの槍を蹴り上げることで防ぐ。

 そう、ここまでは良い。ここまでは出来るんだ。


「フン、無駄だと分からないのか? 小娘――」


 八方からの攻撃、そしてなぜかこちらに及んでくる敵の刃。

 いつの間にか、切りつけられている首もと。

 ……ヤバ、かった、今のがあと、少しズレていたら――ッ!


(考えろ、考えるんだ、クリス・ウィングフィールド……この状況、必ずタネがある)


 一手、また一手と重ねられていく攻撃。

 それを防ぎながら、観察する、思考する。

 相手が仕掛けた魔術式、その効果とそこから導き出されている結果を予測する。

 いったいどんな魔術が介在して、この現状があるのかを考える。


「随分と、余裕があるようだな」


 剣戟をかいくぐり、次に襲って来るであろう斬撃を見極めようとした、まさにそのときだ。

 ヘイズの左手が、漆黒に輝いていた。

 どす黒くくり抜かれた”光”が、ボクの胸元に、突きつけられていた。


「ッ、――――!!!」


 反射だった、槍を回転させて、奴の左手の軌道をズラしたこと。

 襲って来るであろう斬撃に備えて、自分の左手で首を守ったこと。

 そして、降り注いだ無数の金属片に、何の手出しも出来なかったこと。

 

 ――全てが反射の一瞬だった。

 思考らしい思考もなく、ただ、目の前から襲いかかってくる全てに、その瞬間に出来る限りを尽くした。

 それだけのことしか、できなかった。それだけの、ことしか。


「死んだか……思ったより、耐えたじゃないか。

 フフッ、なぁ? クリス・ウィングフィールドよ」


 慈悲の王冠によって展開されていた鎧、その兜は既に砕け散っている。

 額からは血が流れていて、唇から喉の奥へと流れ落ちている。

 ああ、死ぬんだ。ここまでなんだ、ボクは、ここで死ぬ、殺されるんだ。

 指の一本さえ動かせない。身体に力が入らない。きっとこれを、死と呼ぶのだろう。


「――まだ、息があるようだな。苦しみが長引くのも忍びない。

 どれ、お前は、楽に殺してやろう……いいや、お前の身体を貰おうかな。

 お前に襲われたら、あの慈悲王のいけすかないツラも歪むだろうよ」


 ボクの身体には、既に”傷”が付いている。

 ヘイズの”乗っ取り”の術式を発動させる条件は、恐らく満たしている。

 そして、このボクが、このままこの身体を手放して死んでしまったとしたら、それは確実なものとなる。

 一部の逆転の余地もなく、ボクの身体は、ベアトを襲う。ベアトを殺しにかかる。他の誰でもない、このボク自身の手で。


「冗、談、じゃ、ない……!!」


 僅かばかりの力が、指先に及ぶ。

 胸を焼くほどの怒りが”慈悲の王冠”に燃え移り、強烈な炎へと変わっていく。

 最初にこの鎧を纏ったときよりも強烈な炎が、巻き起こる。


「ッ、また立ち上がるというのか! 何度も、何度も……ッ!

 もう手遅れだ、お前はもう、私のものなんだよ!」


 右手に輝く術式、それは恐らく”乗っ取り”を発動するためのものだ。

 だが、分かる。これは、意味がない。今のボクに、こいつは入ってこれない。

 だって、ほら、右手の術式が”発火”した。あとは、燃え落ちるだけだ。


「――もう一度、言ってみなよ。ねぇ、誰が、誰の、ものだって?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
cont_access.php?citi_cont_id=801327974&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ