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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
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第87話

「――悪いね、クラリーチェ。墓参りに付き合わせてしまって」


 落ち葉を踏みながら進んでいく。

 私は、死者へと捧げるための花束を持っている。

 ザックから頼まれたのだ。自分が持っているとダメにしてしまいそうだからと。


「いえ。今まで教えてもらった恩を考えれば、これくらいは」

「……なに、君のような若い才能にものを教えられるのは、私のような者にとっては最大の幸福のひとつだよ。

 アカデミアには、もっと君に近い魔法を使う女がいる。トリシャによろしくね」


 アイザックの言葉に頷く。

 ……私が本物の魔術師だったのなら、彼からもっと彼から教わることができたのだろう。

 そんな口惜しさはあるけれど、それ以上に今は楽しみだった。


 まだ見ぬ機械魔法の使い手、機械魔法科の教授というトリシャ・ブランテッドとの出会いが。

 私がマキシマとマリアの技術を組み合わせて、機械魔法を造ったのと同じことをした人々がいるのだという。その技術は既に体系化されていると。


「ええ、本当に楽しみですよ。機械魔法の先駆者と出会えるなんて」

「――きっと、良い経験になるはずだ。君の過去については、ここでの実績を上手く使うと良い。

 隠し事をしているから話せないなんて、よほど信頼できる人間以外には言っちゃいけないよ」


 彼の言葉に曖昧な笑みを返す。やはり直球過ぎてダメだったか。

 どうもザックは私の機械技術がマキシマという日本人から学んだことを把握している。

 いったい誰から聞いたのか分からないけれど、まぁ、別に構いやしない。


「そうですね。そういういった振る舞い方も学ぶ必要があるようだ」


 そんな話をしていると、墓が見えてきた。

 ――ザックが目指した場所、ヴァン・デアトルの墓だ。

 彼の表情が曇っているのが分かる。

 これは予測だけれど、きっと奥歯を噛み締めていることだろう。


「……アイザック、花を」


 墓の前に立った彼に静かに花束を手渡す。

 献花用の花だ。これは、彼から渡さなければ意味がない。

 私から花束を受け取ったアイザックの右手に力が籠められているのが分かる。

 ……彼の言っていた通りだ。彼がここまで花束を持っていたら、もう茎が折れ曲がっていたのだろう。


「ありがとう、クラリーチェ……」


 花束を受け取ったアイザックは、静かに故人への祈りを捧げる。

 ……彼の胸の内は分からない。私は、ヴァン・デアトルという男を殺した後の疲れ切った彼を思い出すことしかできない。

 600年という時の中で、幾人もの死を見届けてきた彼にとって、ヴァンという少年の死がどのようなものなのか。想像することさえ叶わない。


「……私が、フェリシアの足を治すことができていれば、こんなことにはならなかったのだろうな」

「そうかもしれません。しかし、そうでないかもしれない。

 吸血鬼の力を求めたのが、彼の人格ゆえなのか、それともフェリスさんを治そうという想いゆえなのか。それはもうきっと誰にも分からないでしょう」


 あるいはその両方かもしれない。だが、当人は既にこの世にいないのだ。

 彼の胸の内を知ることはできない。永遠に。


「それにザック、失われた四肢を無から再生することは不可能なのでしょう? 貴方ほどの魔術師であっても」

「――ああ。だが、あの事件の少し後だ。それができる魔法王が目覚めた」


 慈悲王ベアトリクスのことか。その話は聞いている。

 ロバートの奴が、クリスティーナ・ウィングフィールドの名を見て驚いていた事件。

 グリューネバルトに復活した魔法王だ。


「……ヴァンが死んだ、少し後ということですか」

「私が彼の目覚めを知ったのは、な」

「その魔法王にはツテが? お知り合いなのですか?」


 こちらの問いに頷くアイザック。

 ……なんと間の悪い話だ。

 少し時期が違えば、こんなことにはならなかったかもしれないというのか。


「全ては巡り合わせだ。確かにヴァンが血に手を出す前に止める方法は私には無かった。

 フェリシアを吸血鬼にしてまで傷を癒しても意味はない。だが……そう分かっていても」


 彼の墓を見つめるアイザックの表情を、私は何と表現すればいいのか分からなかった。


「――それは貴方が気に病むべきことではありませんよ。アイザック・オーランド」


 声を聞くだけで分かった。声の主がフェリシア・マーガレットであることが。

 あの夜くらいしか会話を交わしたことはなかったけれど、それでも彼女だと分かる独特の華を持つ人だった。

 声も、顔も、立ち振る舞いも、全てに華がある人だと。


「フェリシア……」

「元々、役者という仕事はこういうものです。いえ、まさかここまでしようとする相手が居るとまでは思っていませんでしたが」


 片手には花束、義足と杖を使って器用に歩く彼女の姿は、片足を失っているというのにとても美しい。


「……戻ってきたんだね、バウムガルデンに」

「ええ、アカデミアでの生活も結構楽しかったんですが、いつまでも大人しくしているのは性に合いません」

「そうか、相変わらずだな。君と結婚したがる男は多かっただろう?」


 ザックの質問に頷くフェリスさん。


「結婚でもして落ち着いてしまうのもひとつの選択肢だったんでしょうけれどね。

 ……そうしていれば、この子の未来を奪ってしまうこともなかったのかな」


 墓の前に立ったフェリスさんは、静かに深い溜め息を吐いた。

 そうして花束を捧げ、静かに祈りを手向ける。

 アマテイト教会流の祈りだ。私には見様見真似しかできないけれど、籠められた想いの深さは分かる。


「……本当に良いお客さんだったんですよ。彼がくれる手紙が好きでね」


 彼女の言葉に静かに頷くアイザック。しばし、静かな時間が過ぎていく。

 ……事件は終わった。それでも、失われたものは戻らない。

 事件が解決したからと言って全てが丸く収まるという訳ではないのだ。


「アカデミアに行くんだよね? クラリーチェちゃんたちは」

「ええ、フェリスさん。また新しいことが学べるかと」

「……いいね。人生を楽しんで。それとデミアンによろしく。あいつも喜んでたよ、みんなが来てくれるって」


 そういえばロバートが手紙を出していたな。

 ……確かに彼とまた会えるのは面白い、特に彼はロバートとの相性がいい。


「分かりました。まぁ、私が何を伝えなくてもロバートが伝えてくれるでしょうが」

「ふふっ、そうかも。でも、皆が無事で良かったよ。勲章まで貰ったみたいで」

「――色々とありまして。私だけがどうしたという話でもないんですが」


 久しぶりに会えたこともあって、世間話を始めようとしてしまう。

 そんな私たちを見てアイザックが声をかけてくれる。


「積もる話もあるだろうし、喫茶店でも行こうか? せっかくだ、私が奢るよ」

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