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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
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第85話

「――だいぶ冷えてきましたね、アドリアーノさん」


 秋の終わりが見えてきたころだ。

 俺はいつも通りにバッテンフェルト領への通り道、アシュリーちゃんのパン屋に来ていた。

 昼過ぎの時間帯、店を閉めた少し後に残っているパンを買ってアルとアシュリーと3人で食べる。

 そんな何気ない時間が、本当に幸福だった。


「ああ、もう少しで冬だな……その前に、ここが復旧してよかった」


 膝の上で眠るアルの髪を撫でながら、アシュリーに言葉を返す。

 アシュリーが仕事をしていた間、ずっと遊んでいたものだからアルは疲れて寝てしまっている。

 本当に可愛い奴だ。どうして人間が子供を産みたがるのかよく分かる。


「……最初はもうダメかと思いましたけど、バウムガルデンからの援助のおかげで予想以上にお客さんが増えて」

「ああ、あの戦いの後に初めて顔を出した時には、混み過ぎてて挨拶も大変だったぜ」


 崩壊しかけたバッテンフェルトに対し、バウムガルデンからの支援は手厚かった。

 他の領地や王国そのものからの支援もあって、バッテンフェルト領自体の復旧もかなり進んでいる。

 バッテンフェルトとバウムガルデンの通り道にあるこのパン屋も、そのおかげで好調に売り上げが伸びているらしい。

 体感としては俺もよく分かる。来るたびに混み合っているから。


「あの時はごめんなさい。せっかく会いに来てくれたのに。

 今、この店が、私たちが無事なのは貴方のおかげです。アドリアーノさん」


 屈託のない笑みを向けてくれるアシュリーちゃん。

 それだけで戦った甲斐があるというものだ。


「いや、イルザが、師匠が来てくれたおかげさ。俺だけじゃ時間稼ぎしかできなかった」


 ――ノリで師匠と言っていたが、例の勲章を与えられた後、イルザは個人的に稽古をつけてくれた。

 600年の時を生きた吸血鬼から得られる技術は生半可なものではなく、あの時に得た情報だけで俺の戦法はかなり広がったと思う。

 ”免許皆伝だ、吸血鬼ハンターと名乗って良いぞ”と言われたが、正直あんな力を持つ敵とは二度と会いたくない。


「いいえ、そのおかげで私たちは今、こうして生きていられるんです。

 本当に貴方が無事で良かった。飛び降りていかれた時には、もうダメかと……」

「なに、傀儡に血を吸われるほどやわにはできてないさ。なにせ俺は「――鋼鉄製だもんね?」


 目を覚ましていたアルが俺の言葉に割って入ってくる。

 まったく可愛い奴だ。よく俺の言葉を覚えていた。


「そうだ、俺は鋼鉄製なのさ。吸血鬼になることも傀儡になることもあり得ねえ」

「分かっていても、あれだけの傀儡に囲まれているところを見たら……怖くなってしまって」

「……悪かった、もう少し俺が強ければ怖い思いもさせなかったんだけど。でも、ありがとう、俺のことを心配してくれて」


 所詮は機械だというのに、心配してくれて、食事を分け与えてくれた。

 本当にあの時のことは、今でも忘れられない。

 だから何度もここまで足を運んでしまった。そのたびにアルとアシュリーが快く受け入れてくれたのが嬉しかった。


「……また一緒に食事をしようって約束していましたから。守れてよかったと思っています」


 そう言って用意していたパンを口に運ぶアシュリーちゃん。

 そんな彼女につられて俺も菓子パンを口にする。

 甘く煮詰められたフルーツがパン生地とよく合っていて、本当においしい。


「そうだな、本当に――」


 今日は、2人に伝えなければいけないことがある。

 ……けれど、それを言い出しにくくて言葉に詰まる。

 まったくもってらしくない。俺らしくもないと思ってしまう。


「どうしたの? アドリアーノ」

「アル……いや、ここに来られるの、今日が最後なんだ」


 俺の言葉を聞いたアルは驚いて言葉を失っている。

 アシュリーの方は、分かっていたようだ。

 近いうちにアカデミアへと発つという話は全くしていなかったわけじゃないから。


「……発つんですね? アカデミアへ」

「ああ、川を使ってな。陸路ならここを通っていけるかとも思っていたんだが」


 俺たちの船プラティーナを使って、スカーレット王国に流れる運河を通りアカデミアへと向かう。

 そう決まった時から、旅立ちの日ギリギリまで伏せておくことはできないと分かってしまった。

 そしておそらく今日が最後の機会になってしまう。


「……もう、会えないの? アドリアーノ」

「いいや、また会えるさ、きっと。会えなかったら俺を殴っていいぞ」

「会えなきゃ殴れないじゃん。それに鋼鉄を殴ったら怪我するよ」


 いつぞやのやり取りと同じような言葉を交わす。


「冗談だ。まぁ、俺たちはたぶんしばらく旅を続ける。

 アカデミアに籍を置くことになっても、いつまでもアカデミアだけにいるってことにもならないだろう」

「じゃあ、また近くに来た時には――」


 アシュリーちゃんの言葉に頷く。


「必ず顔を出すよ。また会える日を楽しみにしている。アルがどれだけ大きくなるかも見届けたいしな」

「……きっと、アドリアーノより大きくなるよ、僕」

「ああ、楽しみにしてるぜ、アル。その答えが出るときには必ずまた会おう――」


 ……別れの挨拶を済ませて、しばしの時間を楽しんだ後、俺はパン屋を去ろうとしていた。

 アルともアシュリーとも本当に挨拶は済ませていて、あとはここを立ち去るだけ。

 そんな俺の肩を、女の手が叩いた。


「――アンタと昼間に会うなんて、不思議な気分だ」

「言っていただろう? アドリアーノ君。私はここのパン屋の常連だって」


 ”黄昏の刃”の情報屋。その手にはパン屋の紙袋が握られている。

 本当に買っていたという訳だ。


「随分待ったんじゃないか? 俺が出てくるまで」

「なに、他にも用事はあったからね。それに、君と会えるのもこれが最後かなって」

「……そうなる可能性はあるが」


 俺にもたれかかるように倒れ込んでくる情報屋。

 彼女の身体を支えた瞬間、彼女は俺の手に紙袋を握らせてきた。

 ……重さからして中身はパンではない。そう思いながら、他の奴に見られないように、中身を確認する。


「短剣、か……?」

「そうだ。なんならしっかり中身を見ても良い。別に見られて困るようなものじゃない」


 情報屋に促されるまま紙袋から短剣を取り出す。

 その鞘から刃を引き抜き、俺は驚かされた。


「黄昏色の刃か……こんなものを作れるんだな」

「うん。私たちの会員証みたいなものだ。これを持たずとも私たちを利用する者は多いけれど、これを持っている奴だけが本物ということになる」


 ……”黄昏の刃”が仕切る酒場には結構な人間がいたが、本物の会員はそこまで多くないのだろうな。

 この言い方だと。


「本物の会員になるには、アンタに認められないといけないって訳か?」

「いや、私だけじゃないよ。まぁ、簡単に言えば会員が認めてこの刃を与えれば会員って訳だ。

 自分が持っている分を譲渡しても良いし、新たに造らせても良い――」


 こいつの場合は、新たに造らせたのだろうとは思う。

 自分の分を俺に譲渡するようなことはしまい。


「結構高いんじゃないのか、これ。相当の技術で造られてるだろ?」


 ベルザリオでも真似できるか怪しい。どうやってこんな色を付けているのか。

 俺にインプットされているデータでは答えが見いだせない。

 銅でも加工しているのだろうか。


「――うん。悪戯に会員が増え過ぎないように、はちゃめちゃに高いんだよね、それ」

「良いのか? 俺、ここを去るんだぜ?」

「だから渡した。私たちは、王国中に広がっているからね」


 ”それに、ここを守ってくれた礼もある。まさか本当に戦ってくれるなんて”


 ――そんな風に真っ直ぐに向けられる感謝が、少しこそばゆかった。


「依頼じゃないから報酬は寄こさないって言ってたじゃないか」

「ふふ、そうだね。依頼のように約束された対価じゃない。これは、私からの感謝だ。

 アドリアーノ・アルジェント、君の旅路に役立てて欲しい」


 ……彼女の言葉に頷く。

 そして黄昏色の刃を胸ポケットに仕舞い込む。

 もっと引き抜きやすいように今度、ホルスターでも用意しよう。


「ありがとうな。アンタのおかげで本当に良い出会いがあった――」

「……いいや、私の無茶に乗ってくれた君が引き寄せた出会いさ。それじゃあ、また会おう。いつかに」

「ああ、またいつか、会うこともあるだろう」


 ――この先のことがどうなっていくかは分からない。

 けれど、まさかこうして俺が、あいつらとは関係ない所で”また会いたい”と再会の約束をする相手と巡り合うなんて。

 良いものだな、人生というのは。最初にインプットされた指令だけじゃない。それ以上のものがこんなにも広がっているんだ。


「さて、帰るか……あいつらのところに」

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