第81話
――親父から回収した”吸血鬼の血”は、クラリーチェのいた本部が集めていた証拠品の中に紛れ込ませた。
それ自体は上手く行ったし、あの場所にいたから吸血皇帝との戦いに向かうクラリーチェと合流することもできた。
奴との戦闘自体はそこまで長かったわけじゃないけれど、あいつが体勢を立て直す時間を潰せたのは大きな成果なんだろう。
なんだかんだ、スノードロップってのが凄い奴らの集まりだと再実感した。
「……しかしまぁ、なんで揃いも揃って全員外に出てるかね、今日という日に」
ロバートは治療のためにイルザさんに連れていかれた。
クラリーチェは自分の持ち場に戻ったから、ここに居るのはアドリアーノとベルザリオと私だけ。
「さっきも言ったろ? バッテンフェルトの方で吸血鬼と戦って師匠と合流したって」
「ふぅん、それで、機械魔法使いとは出会えたのかい?」
「それはバッチリだ。久しぶりにマキシマの故郷の話もできた」
……あの日本とかいう国のことか。
となれば完全に無意味だったという訳でもないんだろうし、あまりとやかく責めるのも道理がないかな。
「それで? ベル、アンタの方はどうなのさ?」
「領軍の友達が危なくてね、助けに行ってたんだ。詳しいことは後からまとめられると思うけど、吸血鬼が寄生虫を使って領軍内部に支配圏を作っていた」
「――へぇ、アンタらしくないね。そんな危ない橋を渡るなんて」
あの時、デミアンを助けようとしたロバートを止めようとした男とは思えない行動だ。
「ロバートに影響されたみたいだよ、どうしても黙って見ていられなかった。
それよりバネッサはどうして外に出ていたんだい? 外に出る用事なんてなかったんじゃ?」
「私は天魚屋に忘れ物をしたのさ。それで出た時にはもう始まってたから流れでね」
流石はベルだ。こちらに矛先を向けてくることで話を逸らしやがった。
ここら辺が上手くて嫌いなんだよな、こいつ。
「――まさか君がここまで腕の立つ戦士だとは思っていなかったよ、バネッサ・アルベルティ」
戦い終わった後のアマテイト教会にいた私たちに近づいてくる金髪に紫色の瞳をした青年。
ルティの友人であり、吸血皇帝との戦いが始まる前、一緒に作戦を立てていた相手でもある。
「いえ、貴方には及びませんよ。クラーク・ハイド・バウムガルデン殿下――」
「いいや、私は戦うということに人生の大半を注いでいる。でも君は違うだろう? 君の本質は料理人だ」
「……そうなれるように、精進している最中です」
天魚屋の親父も気を落としていないと良いが。
もうしばらくはここに居るつもりなんだ。引退されちゃ困る。
「今回の戦い、本当に君たちには助けられた。クラリーチェだけでなく、スノードロップ全体に」
「図ってやったことではないのですが、結果的に。みんな、それだけこの土地で生きていたということだと思います」
スッと答えてみせるベル。
確かに意図した結果ではない。最初からバウムガルデンのために戦おうと思っていたのはクラリーチェくらいのものだろう。
しかしまぁ、これだけ派手に動いておいて、誰も他の奴と情報を共有していないってんだから笑い話だ。
まともに情報共有していたのは、私とロバートだけじゃないか。
「……君たちのような旅人に、そう言ってもらえるのは本当に嬉しいよ。必ずやこの恩には礼を尽くす」
「ふふ、そうですね。僕らのクラリーチェも活躍してくれたでしょう?」
いない本人を使って報酬の上乗せに向けた根回しを始めるとは。
流石はベルザリオ・ドラーツィオだ。
そんな2人の会話を眺めながら、アドリアーノが溜め息を吐いているのを感じる。
「どしたの? 珍しいね、アンタが溜め息なんて」
「……いや、バッテンフェルトの方はかなりの惨状だったからな。皆が無事で良かったって」
「皆って私たちのことかい?」
珍しく神妙な面持ちでこちらの問いに頷くアドリアーノ。
こいつがこんな表情をするってことは、本当に悲惨だったんだろうな、バッテンフェルトの方は。
確かにクラーク殿下も、あの燃える鎧もいない状況で吸血鬼に襲われたら、都市はまともにもたないような気もする。
「――ふふっ、らしくないよ、アドリアーノ。でも、ありがとね」
奴の肩を叩く。相変わらず硬い肩だ。
でも、今回はこいつのこの身体のおかげで随分助けられたと思う。
そもそもこいつがこうじゃなきゃ、バッテンフェルトから帰って来られていないのだろう。
「なに、これは俺の役割であり、意志だからな。今回は敵の脅威を過小評価しすぎていた、皆が無事で良かった」
アドリアーノの言葉に頷く。確かにあの吸血皇帝と刃を交えてみて思った。
こんなものと戦うのは人間じゃ無理だと。
よくもまぁ、ロバートの奴はイルザさんと一緒に行ったもんだ。今晩には労ってやらなきゃいけないだろう。
自分が親友のように感じた人が、実は仇敵だと知ってそれを倒したんだ。きっと落ち込んでいる。あいつのことだから。
「――殿下。ルティの奴は戻ってきそうですかね?」
ベルと殿下の話が終わったあたりを狙って声をかけてみた。
「ああ、もうしばらくはかかるだろうが、このまま終息していけば近いうちに戻ってくるだろう。
真っ先に君のところに顔を見せるはずだよ、バネッサさん」
「ふふっ、そうか。それは良かった――」
もう一度くらい、あいつに料理を振る舞う機会はあるだろうか。
うちの船長のことだ。そろそろ、次の街へ向かう準備をしようとか言い出しそうなものだけれど。
そんなことを思いながら、心待ちにしていた。あいつが戻ってくるその時を。




