第80話
「……終わったな、リベルト」
俺のすぐ隣、親友にして命の恩人であるマルティンが語り掛けてくる。
そうだ、終わった。アダルベルトの仕掛けた戦いは終わり、もう1人の吸血鬼もぶっ殺した。
アイザックが戻ってきてからは、殆ど苦戦もなく勝利を収めることができたと思う。
「ああ、ブラッドバーンもお帰りだ」
領軍宿舎東における数少ない生き残りであるジーノの方は、傷が深く今は休んでいる。
俺は傷が浅かったし、アイザックのおかげで治っていたから、つい先ほどまで戦っていた。
といってもまぁ、ブラッドバーンとアイザックの絶対的な力を考えれば、どれほど役に立ったのかは怪しい所だが。
「……本当にありがとう、マルティン。
正直に言うと、まさか助けてくれるとは思っていなかった」
彼は、闇夜の盾の仲介人だ。表舞台に上がることを良しとしない。
報酬が支払われるかも危うい仕事を請けることはない。心のどこかでそう思っていた。
それでも俺は、すがるしかなかった。僅かばかりの友情に。
「あんな死に物狂いの手紙を寄こされたらな……俺の方こそ悪かったよ、かなり危うい橋を渡った。
本来ならアイザックに助けを呼ぶのが最適解だったんだ」
「いや、軍人でないお前が最適解を選ぶ必要はないさ。それどころか、きっとお前のおかげだ、俺が生き残っているのは」
確かにマルティンが先んじてアイザックに全てを伝えてくれていたら、戦局は変わっていたかもしれない。
しかし、そうなっていれば俺が自分の胸を抉るよりも前にアダルベルトが寄生虫を使っていた可能性もある。
全ては結果論だ。そして結末として俺は生き残った。マルティンがいなければあり得なかった結末だ。
「……神に見放された俺だが、お前の遺体も残らないと思うと頼ろうとは思えなかった。あの悪魔召喚の贄になると思うと」
「俺は、バウムガルデンの生まれだ。アイザックたちの伝説もよく聞いていた。
だからあそこまで追い詰められたとき、ブラッドバーンになるしか道はないと思っていた」
それでも違う未来が待っていた。今、こうして生きている。
アダルベルトを殺して、吸血鬼事件がひと段落ついた未来を生きている。
……今でも信じられない。生きていられないと、思っていたのに。
「違う結果を手繰り寄せられて良かったと思っている。俺は、もう昔の俺じゃないと理解できた」
――具体的なことは知らないが、マルティン・サーディールという男には壮絶な過去がある。
妹を喪ったと言っていた。自分はどうしようもなく無力だったと。
きっと、その過去を指して彼は言っているのだ。あの時の自分ではないと。
「それもこれもあいつのおかげだ――」
「ベルザリオ、だったな。彼こそよく力を貸してくれた」
ここ最近、マルティンとよく一緒にいるのは知っていたが、まさかこんな死地のど真ん中に来てくれるとは思ってもいなかった。
手紙を読み取ることができなかったと伝えるために、領軍を訪ねてきてくれたときから凄まじい人物だと分かってはいたが。
今だってここでの死線を越えた直後だというのに、吸血皇帝の元に向かったのだ。仲間のためにより危険な場所へと飛び込んでいった。
「……俺を見捨てたら、この先に快く生きることができないって、いつも俺のことを思い出す羽目になるってさ」
「そうか……良い友を持ったな。マルティン」
「ああ、あいつのことはしっかりと労ってやってくれ。これだけの事件を解決したんだ、勲章くらいは出すんだろう?」
恐らくはそうなるだろう。そうでなければ俺はバウムガルデン家を疑う。
「多分な。ただ、マルティン。俺はお前にも受け取って欲しいと思っている。お前さえよければ俺から進言しよう」
彼の立場として、難しい話だとは分かっている。
俺が勝手に進めていい話ではないと。了解を取るにはここしかないと思った。
「……俺は、闇夜の盾の人間だぞ」
「そんなこと黙っていればいい。いちいち報告したりしない。お前は俺の友人として勲章を受け取る」
「リベルト……」
マルティンが揺れているのが分かる。
「――それに、俺個人じゃお前への報酬を払いきれん。それだけの成果をお前は上げたんだ」
「くくっ、そうか。そいつは困った話だ。バウムガルデン家に出してもらうしかないって訳だな?」
「ああ、宿舎暮らしの軍人じゃどうしようもないほどのことを、やってのけたって訳さ。だからたまにはこの王国から、報酬のひとつでも貰っていってくれ」
俺の言葉にマルティンが頷く。
「……たまには自分の痕跡を残していくのも悪くはないか。俺もいつまでもここに居るわけじゃないしな」
「また移動するのか? マルティン。ここに来た時のように」
「今すぐって訳でもないが、そうなる可能性はある。組織としても、俺としてもそれを望んでいる」
……最初は、この土地に流浪の魔術師が来ていないか?と調べに来ていたものな。
あれは恐らく闇夜の盾の仕事ではない。彼の個人的な関心だろう。
そしてそれが空振りに終わったとなれば、いつ動いても問題はないということになるか。
「寂しくなるな。でも、とりあえず報酬だけは貰っていってくれ。俺の顔を立てて欲しいんだ」
「……分かったよ、仰せのままに。それとベルザリオの奴にも頼むぜ? あいつにこそ必要なはずだ。このスカーレット王国での足掛かりがな」
確かにそれは彼の言う通りだろう。
ここら辺の小さな島の出身だと言っていたが、どこの島なのかを明確に語らなかった彼には、出身地よりも分かりやすい過去や身分が必要になる。
バウムガルデンを救った英雄というのは、良い肩書になるはずだ。そしてそれくらいのものを与えてやらなければいけないほどの活躍を彼はしてくれたのだ。
「ああ、最善を尽くすよ。だから、お前もしっかりと受け取って欲しい」




