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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
299/310

第79話

「――おかえり。クラリーチェちゃん」


 ライフルを背に担ぎ、私は仮設基地へと戻ってきていた。

 私が出ていったときよりも状況はかなり好転していて、場の空気も落ち着いている。

 しかし、あのサンプソン将軍とブラッドバーンがお茶を飲みながらくつろいでいるという光景がなんとも面白い。


「ただいま戻りました。すみません、ここを空けてしまって」

「いいや、それで吸血皇帝を倒したんだ。必要な動きさ。流石は機械魔法使いだ」

『よくやったよもんだよな、俺もアイザックもなしで皇帝に勝つなんてよ』


 アドリアーノとイルザさんが現場に到着し、突入作戦を行う。

 それを聞いたときには既にもう居ても立っても居られなくなっていた。だから、無茶を言って現場に出たんだ。

 数人の領兵がいるとはいえ、ブラッドバーンとほぼ2人きりになるサンプソン将軍の表情は引きつっていた。悪いことをしたとは思う。


「――イルザさんとクラーク殿下のおかげ、いいえ、私のスノードロップですから」

『くくっ、良いねえ。今回も良い戦いだったよ、本当に。特にお前を見ているのが楽しかった』

「見ていたんですか? 私たちのことを」


 こちらの問いかけにクスクスと笑うブラッドバーン。

 ……こいつ、数を誤魔化して観察していたのか、私たちの戦いを。


『俺の助けは要らなかったみたいだがな、これだから人間ってのは良いもんだ』

「流石は悪魔ですね、それで状況はどうなりました? 吸血鬼の討伐は」

「アイザックが戻ってきてから、領軍の傀儡と吸血鬼が全てブラッドバーンに変わった。それで勝ったも同然だ」


 戦っている吸血鬼の反応は、残り1つしかない。

 ここにもブラッドバーンが投入されているのだろう。

 それで、もう終わりという訳だ。


『――こちらアイザック。デイビッドの潜伏先に到着した、人の気配はない。

 荷物もない。既に逃亡したものと思われる。床に焦げた跡、問題なくゾルダンの血は焼失しただろう』

『はいよ、じゃあ帰って来いよ。挨拶もなしに俺を返すつもりか? アイザック』


 ブラッドバーンの言葉にザックが相槌を打っている。

 やはり戦友ということなんだろうな、悪魔と召喚者だとしても。

 そして最後の吸血鬼も今、死んだ。これでこの戦いを前に、潜伏するということを選ばなかった者は全滅した。


「……アイザックが隔離されたときには終わったかと思ったが、本当に無事に済んで良かった」

『ここが墓場にならなくてよかったな? 爺さん』

「全くだ、あのバイロンのせいで死ぬところだったよ」


 そう呟くサンプソン将軍の表情は独特だ。

 まぁ、バイロンという魔術師は戦友だったと聞いている。思うところがあるんだろう。


『しかし、人竜戦争だったよな? サンプソン』

「うん。私もバイロンもそれに参加していたんだ、仲間も大勢死んでいった。あいつは当時からアイザックとイルザが戦場に出ないことへの怒りを抱えていたよ」

『……お前もそうなんじゃないのか? 今回、俺を使ってみて思っただろう? 俺が居れば竜帝国なんてすぐに滅ぼせるって』


 吸血鬼による傀儡化や悪魔召喚が竜族相手にできるかどうかは、私には分からない。

 けれど、仮にできるとすればあの2人がいれば確かに敵を倒し尽くすのに充分な力なのかもしれない。


「――君を使うよりも前に、その可能性に思い至らない人間だとしたら、私が今のような指揮官になっているはずはない。

 無能な上官が死んでくれたおかげで、私はあの戦場で将軍になったんだからね」

『へぇ? 殺したのか、上官――』


 悪魔の問いに笑みを浮かべるサンプソン。こいつもこいつでかなりの曲者だな。


「いいや、まさかそんな危ない橋を渡るものか。ただ、それだけ過酷な戦況だったということだ。

 ただ1人の戦士としては、あの場に彼らがいなかったことへの恨み辛みはある。

 しかし大局的に事を考えれば、あの戦争に大勝を収めていたら、今のような安定はなかっただろう。竜族を1人残らず虐殺し尽くしていない限りは」


 1人残らず……穏やかな話ではない。


『やれば良いじゃないか。1人残らず殺し尽くせば』

「いや、ドラガオンの戦闘力を考えれば、たとえイルザとアイザックでも無敵ではない。彼らを殺せるドラガオンは必ず存在する。

 だから彼らが戦場に出ていないのは正解なんだよ。彼らが本気で戦えば竜帝国を滅ぼす寸前まで持っていける。

 故にその力を王国が体感すれば、もう二度と一領土の人間には戻れなくなる。そして竜人に殺されていただろう。その未来は見える」


 あの悪魔でさえも黙り込んだ。サンプソンの語る言葉に。

 それだけ状況を見通した言葉なのだと思う。

 ブラッドバーンが茶化すことができないくらい、正確に当時の状況を見抜いているのだと。


「――それでも、あの場で血を流した人間が俺を恨むのは、当然のことだ。サンプソン」

「アイザック……バイロンは?」

「死んだよ、俺が殺した。……あいつは言っていた。俺の罪悪感につけ込んで勝っても仕方がないって」


 帰ってきたアイザックの表情はどこか疲れているように見えた。

 戦いも終わり、自らの元弟子を殺めたという事実が重くのしかかっているのだと思う。


「あいつらしいですね。結局はあの戦争の事ではなく、元来からの反発心とは」

「……魔術師として、同じ土俵で勝負がしたいと言っていた。やはり、そういうものなのか? バイロン」

「ふふっ、戦士として魔術師としての貴方は一級だ。腕を比べてみたいと全く思わない者はいないでしょう」


 サンプソンの言葉を聞き、軽く溜め息を吐くザック。


『――疲れたか? お姫様に助けてもらってから随分と永く生きているらしいもんな』

「ブラッドバーン……あの時は悪いことをした。俺は全てを分かり切ってお前に命を捧げていたのに」


 2人の間に独特な空気が流れているのが分かる。

 いったい、2人は何年ぶりに出会っているのだろうか。


『いいや。お前は納得して俺に命を差し出した。けど、あのお姫様は納得しなかった、それだけの話さ。

 ……あの日の未来に、この景色が見られてよかったよ。良い街を作っているな? アイザック』


 ブラッドバーンの言葉に首を横に振るアイザック。


「いや、この街を作っているのはバウムガルデンの末裔、ここに生きる人々だ。俺はそれに力を貸しているだけさ」

『そうか……本当に久しぶりに楽しかったよ、それじゃあな。また会おうや』

「――そうだな、お前を呼ばなきゃいけないような事態は二度と御免だが、お前とはまた会いたい」


 握手し、軽く抱き合う2人。

 そうしてブラッドバーンの姿が消えていくのが分かる。


「……改めて、お前に礼が言えて良かったよ、ブラッドバーン」

『ハッ、悪魔に入れ込むもんじゃないぜ。じゃあな、上手くやれよ、アイザック――』


 ブラッドバーンの姿が完全に消え、アイザックが少し寂しそうにこちらを向き直る。


「なんだかんだ見せてしまったね、クラリーチェ。これが私の最大の魔法だ」

「魔法、なんですか? 悪魔召喚って」

「正確には少し違うんだろうな。触媒こそ宝石だが、妖精のような宝石魔法とも違う技術だ」


 それが別の技術だということは分かる。

 どう見てもロバートとドロップとは似ても似つかない。


「……どうもそれは真似るべきじゃないんでしょうね。

 しかし、ブラッドバーンの全ての個体が単一の意識を持っているというのは、凄まじかった」

「ああ、あいつがいれば通信魔法を使う必要もない。本当に破格の存在だよ」


 スッとアイザックが手のひらを向けてくる。

 私はそれを受け止め、彼の柔らかな手のひらと握手を交わしていた。


「改めて君の協力に感謝する。クラリーチェ・ファンティーニ。

 よくサンプソンと共に私の不在を繋いでくれた。おかげで吸血鬼に打ち勝つことができた。ありがとう」

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