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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
298/310

第78話

「――これは何本に見える? ロバート」


 戦いは終わった。ゾルダンは死んでしまったし、その血を奪おうとしたデイビッドも姿を消した。

 アイザックが主導となって、デイビッドの宿に捜索をかけに行ったが、恐らくもう逃げ切っているだろう。

 あいつの闇による転移に、特別な制限がない限りは。


「……6本。なぁ、イルザさんよ、指の本数確認させるためだけに、手を変形させなくても良いだろう?」

「いやぁ、こういう時に手を開いているだけで5本って言ってくる奴もいるからな。しっかり見えているのか確認したいのさ」


 そう言いながら手を元に戻すイルザ・オーランド。

 まったくもってこの人にとって姿形なんて言うものは自由自在という訳だ。


「ひょっとしてアイザックも自由に姿を変えられるのか?」

「ああ、あいつにはオレの血を完全に分け与えている。並の吸血鬼よりもオレのような超越者に近い」

「……人間の姿を取り戻そうとか、思わない?」


 ニンマリと笑ったイルザさんが”たまにはそうしてるよ”と答える。

 それでも基本が兎の姿ということは、結構気に入っているんだな、あの姿を。


「それで本当に大丈夫か? ベインカーテンの毒だ、解毒したつもりで失敗しているってこともあり得るぞ」

「……そうなったらアンタの血をくれ。俺も吸血鬼になる」

「ハハッ、お前がそんな奴なら、親父から血を貰ってるはずだ。なんで最後、あいつを受け入れた? 最悪、吸われていたかもしれねえんだぞ」


 イルザの言葉でハッとする。

 確かにあの局面、俺はあいつから口づけされただけだったが、俺の血を吸って逆転を狙うこともできたか。


「正直、そこまで思い考えていなかった。信じていたんだろうな、あの男のことを」

「……随分と仲良くしていたもんな、ジェーニャとは」


 俺と彼女は、融合していた僅かな時間にかなりの記憶を共有してしまっている。

 だから知っているのだ、俺がジェーニャとどういう時間を過ごしてきたか。

 彼女と語り合ったこのスカーレット王国の歴史は本当に楽しかった。俺が望んだ知的交流を、外の世界で初めて果たした相手だ。


「……ああ、あいつがこんな事態を引き起こしていなければと本当に思うよ」


 オーランドの館から外を見渡す。

 領軍がせわしなく動いていて、戦いが終わったとはいえ全てが終息した訳ではないと分かる。

 根源であるゾルダン・ノイエンドルフは死んだが、奴のばら撒いた血は残っているし、吸血鬼も全滅した訳ではないのだろう。

 姿を晒した奴らはほぼ全員倒したようだが、それ以外にも残党がいないとは言えない。


「――本当によく、あの男の誘いに乗らなかったな、お前。

 あいつは自分が好いた人間に対しては本当に友好的で甘美な振る舞いをするのに」

「ああ、俺も好いてはいたさ。だが、それとこれとは話が別だ」


 クリスの姉ちゃんとの約束があった、リーチルとの約束があった。

 そして、この無謀な旅路を支えてくれた仲間たちがいた。

 ヴァン・デアトルの壮絶な死にざまを見た。

 その全てが、俺にゾルダンへの恭順を拒ませたんだ。


「――好きだぜ、お前のそういうところ。流石はアドリアーノの船長だな」

「いや……そういえば、ありがとう。あいつを助けてくれて」


 彼女と記憶を共有しているから分かる。本当に追い詰められていたアドリアーノを救ってくれたのだ。

 イルザさんが助けてくれていなければアドリアーノと言えど、どうなっていたか分からない。


「いいや、それはこっちの台詞さ。あいつがいなきゃ、あの教会は助けられなかった。

 あれほどの惨状に陥っていたのを見るのは、本当に久しぶりで自分の無力さを痛感していたが、救いだった。まだ救える命があったことが」


 彼女が銀色の長髪をかき分け、憂うような溜め息を吐く。

 その姿が本当に美しくて、少しだけあのアイザックが羨ましくなる。


「……冬の女神、サータイトだよな。お前の故郷にいる神様は」


 2人きり、恐らくこの機会をうかがっていたのだろう。

 俺は彼女の過去を垣間見た。だから、彼女も俺の過去を垣間見た。

 当然のことだ。だが、こうして隠すべきことを突き付けられると心配になる。


「しかも竜の背に乗る女が、俺が外を目指した原点だ」

「ふふっ、そういえばそうだったな。それもそれで異様な話だが、サータイトの方で忘れてたよ」

「……ゾルダンは、雪の女神としての青いサータイトという噂が教会時代の頃には存在していたと言っていたが」


 イルザが俺の言葉に頷く。


「知ってるよ。オレもそんな話は聞いたことがある。そのせいで今でも青い髪と青い瞳を持って生まれた人間を忌み嫌う風習が残っている。

 本物のベインカーテンに近い人間、奴らと戦うアマテイト教会の人間とかは、ほぼ全員が”迷信だ”と言うんだがな」

「死霊呪術の使い手は、白い髪に赤い瞳になっていく、だよな?」


 この知識を教えてくれたのもジェーニャだった。そんなことを思い出しながら続ける。


「……そういえばアンタもそうじゃないか?」

「ふふっ、よしてくれ。この髪はただの生まれつきだよ、知ってんだろ?」

「悪い悪い、冗談だ。それで、青いサータイトっていうのは、もう迷信程度にしか残っていないと」


 こちらの言葉を聞きながら水筒の水に口をつけるイルザ。


「そうだ、冬の女神としてのサータイトについては殆ど残っていない。

 せいぜい、死から凍える季節を連想するくらいの話としか思われていないだろうな、学者の中でも」

「――なるほどな。それで、アンタはどう思う? 俺の生まれを知ったアンタは」


 俺の言葉を聞いて彼女の表情が曇る。

 何か真剣に考え込んでいるような、そんな顔だ。


「……お前の記憶を見る限り、嘘偽りはない。

 オレはアマテイトの方の神にもさほど近づいたことはないが、お前の妹はもしも神がアマテイトなら既に大神官だろう。

 あれほど明確に神に近づける人間は神官の中でも一握りしかいない。だから、冬の女神としてのサータイトの存在は確信に変わった」


 そこまで語った彼女が静かに俺の瞳を見つめていた。

 吸血鬼特有の紅い瞳が、俺を射抜いていた。


「――お前が、ベインカーテンと戦いたがる理由は分かる。あのデイビッドが目を付けてきている理由も」

「クラーケンのところも見たって訳か」

「ああ、お前が居なかったら本当にデミアンは死んでいたんだね。ありがとう、そこには改めて礼を言うよ」


 彼女の礼を受け取る。

 ……つくづくデミアンも、よくこんな生きる偉人たちと関わりを持っているものだと再実感するな。


「ただな、ロバート……お前、死ぬぞ」

「……ベインカーテンと戦えばってことかい?」


 こちらの言葉に頷くイルザ。


「――リーチルという妖精に言われた通りだ。人間が神のために生きるな。ましてや神官でもなんでもないアンタは」


 彼女の言葉は正しいように聞こえる。


「……ジェーニャという女性、いや、名も分からぬあの人を監禁し実験に使っていた。

 ゾルダンの血を保管し続けて、この惨劇の元凶になった。

 そして、俺たちの女神の名を騙っている――これだけあっても戦うなというのか? 俺は、もし再びデイビッドと出会うことがあれば」


 ……出会った時、俺はどうするんだろうか。

 あの時はゾルダンの遺体を傷つけたことへの怒りで満ちていたからあいつと戦おうとした。

 仮に再び出会ったとして、同じ思いを抱えているだろうか、俺は。


「――気持ちは分かる。だが、敵は歴史よりも前の存在なんだ。オレやゾルダンでさえ及ばない力を持っているだろう。

 それに挑むということは、人生を賭けた戦いになるぞ」

「……俺は既に奴らに目を付けられています。俺が降りるかどうかで決まる話じゃない」


 リーチルの島で、クラーケンと戦った時からこの旅路に危険が付きまとうことは覚悟の上だ。

 まさか、このバウムガルデン領で出会うとは、まさか、あのデイビッドがそうだとは思っていなかったが。

 しかしあいつが俺に目を付けているということは、ベインカーテンという組織が俺に目を付けているのと同じだ。


「そうだったね……もし、アンタらがここに留まるというのならオレたちが守ってやるぜ? どうだ? 悪い話じゃないだろう」

「……確かに悪い話じゃありません。でも、かつての貴方たちはオーウェンの元を離れたはずだ」


 600年前の貴女とアイザックはまだ存命だったオーウェンの庇護から敢えて離れ、無謀な戦いに繰り出した。

 吸血皇帝という当時においての絶対的な権力者との戦いに。

 ……俺たちが、それと同じという訳じゃない。だが、それでも、ここで安全のためにバウムガルデン領に留まるような人間なら、そもそも冬の島を出ていない。


「分かったよ、分からず屋め。それならロバート、まずは学ぶことだ。

 ベインカーテンとは何かを知れ。そのためには神話から今までの歴史を知る必要がある」


 彼女の言葉に頷く。それは俺の望むところだ。

 ジェーニャとの会話に興じていたのもそれが大きかった。


「――アカデミアへ行きな。席を用意してやる。必要なら5人分な」


 ッ……そう来るか。ここでアカデミアへ。

 クリスの姉ちゃんがいるかもしれない場所、デミアンが通う場所、スカーレット王国最大の学術機関に。


「良いんですか?」

「ああ、学費も出してやる。今回のお前らの活躍に対する報酬の一部だと考えてくれ」

「……少し、考えさせてください。俺1人では決められない」


 こちらの回答に優しげな笑みを浮かべるイルザさん。


「やっぱりクリス・ウィングフィールドに会うのは、まだ怖いか」

「……知っているんですか、彼女のことを。それとも記憶を共有しただけ?」

「殆どは記憶の共有だ。お前が知る以上のことは知らない。でも、ウィングフィールドって名字には聞き覚えがある、お前の記憶とは別にな」


 ……彼女と共有した記憶の中には、その情報はなかったが、そうか。知っているのか、この人は。


「もしかしたらオレが知っている男の子供なのかもしれない。

 そいつの親友、アカデミアの教授をやっている奴には貸しがある。お前らに紹介してやるよ」


 クリスの姉ちゃんの父親の親友ってことか。

 かなり近づくことになるな、俺は。

 ……まさか、こんなにも早く機会が巡ってくるなんて。正直、尻込みしてしまう。


「まぁ、その気になったらオレに教えな。いつでも手配してやるからさ」

「分かりました……すみません、即断できなくて」

「良いんだよ、お前がどれだけこの件に対して真剣なのか、よく知っているんだ」

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