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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
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第75話

「……よかろう。もはや言葉は尽くしたな、ロバート」


 そう微笑むゾルダンの実像がぼやけ、ジェーニャとしての姿に戻る。

 いや、これを戻ったと感じるのは俺だけか。

 それでも俺はそう感じるんだ。


「ッ……おい、ロバート、」

「イルザ、俺が時間を稼ぐ。その間に傷を癒せ――」

「言ってくれるね、私相手にそれができると思っているとは」


 実際、戦闘が始まってしまえばいったいどれだけの時間を稼げるかも危うい。

 しかし、それでもやるしかないのだ。

 今のゾルダンは同時にクラーク殿下の相手もしている。俺に対して使える影の数は先ほどに比べて段違いに少ない。

 それに今の俺には、純白の短剣もあるし、水と風の魔力防壁もある。あの司書室よりは好条件だ。


「……ロバート、相手は思っているほど万能じゃない。少し任せる、良いな?」

「ああ、元よりそうでなければここに来ないさ――」


 こちらを見据え、笑みを浮かべるジェーニャ。いいや、ゾルダン・ノイエンドルフ。

 彼は、その両腕に真紅の血を纏わせる。イルザの青龍刀を受け止めていた武器だ。

 突っ込んでくるゾルダン。その左腕を魔力防壁で受け流し、右腕に純白の短剣を向ける。


「ッ――そのアーティファクト、さっきの若者たちは君の仲間かい?」

「ああ、自慢の仲間たち、スノードロップだ」

「なるほど、彼らがそうだったのか。いや、予想以上に手こずらせられたよ。外に居たのが彼らじゃなきゃ、もう傀儡を作れていたのに」


 巧妙にアーティファクトを避けながら、こちらの足元に蹴りを放ってくるゾルダン。

 どういうつもりか右腕を霧にするつもりはないらしい。

 この短剣に対しては、腕を霧にしたところで避けられないと思っているのか。こちらが気を緩めたときに霧を使ってくるのか。

 どちらにせよ、警戒しながら戦わなければならないのだけは確かだ。


「ほう、意外と身体も動くじゃないか」

「これでも少しは鍛えているんでね」


 ベルザリオとバネッサの近くにいれば自ずと鍛え方は身につく。

 まぁ、特別に打ち込むというほどでもないが、それでもこの吸血鬼絡みの事件が起きてからは鍛えてきた。

 ……まさか、それで守ろうと思っていた相手が黒幕そのものだとは思っていなかったが。


「つくづく惜しいな。君のような男を殺さなければいけないとは」


 ゾルダンが放つ攻撃をギリギリのところで受け流し、回避し続けていく。

 同時にこちらの切り札であるアーティファクトも届かない。

 そんな攻防が続いていた。――影は使ってこない。クラーク殿下のおかげというべきか。このまま時間を稼げれば、イルザに繋げられるだろうか。


「――終わりにしようか」


 見通しが甘かった。拮抗状態にまで持っていけたからといって気が緩んだ。

 いや、気が緩んでいなかったとしても、これには対応できるはずもない。

 もっとも絶妙な機を狙い、ゾルダンはその腕を霧へと変えて、こちらのアーティファクトをすり抜け、そのまま俺の腕に手刀を振り下ろしたのだ。

 腕がちぎれていないだけまだマシで、アーティファクトは俺の手のひらを離れていく。


「――ドロップ!!」

『りょーかい♪』


 あの短剣を失ったら終わりだ。あれだけが、ただひとつゾルダンに通せる攻撃の手段なのだ。

 だから、水を操った。水を走らせ、凍り付かせ、引き寄せる。

 魔力防壁が弱体化するのは覚悟の上だ。これでトドメに近い一撃を喰らうかもしれない。

 だが、その時に俺がこのアーティファクトをぶち込めれば、相打ちに持ち込める……ッ!!


「な――ッ、イルザ、貴様、何をした……?!!」


 俺を殺すための一撃は、通るはずだった。薄くなった魔力防壁だ。

 簡単に打ち砕いてゾルダンの左手が俺の首に突き立てられるはずだった。

 だが、その前に奴の左腕は砕けた。腕から肩にかけて、爆発でもしたみたいに飛び散ったのだ。


「……フン、オレの血を吸収したのが間違いだったな。600年の年季を舐めるなってことだ、親父」

「ッ……ふざけやがって――!!」


 残る右腕が俺を狙ってくる。まだだ、俺はまだアーティファクトを取り戻していない……ッ!!


『ロバート、動かないで――』


 クラリーチェの声が聞こえ、直後、ゾルダンの右腕を彼女の弾丸が撃ち抜いていく。

 ……つくづく頼りになる女だ。

 おかげで間に合った。俺の右手には今、あのアーティファクトが握られている!


「終わりだ、ゾルダン・ノイエンドルフ……ッ!!」


 握り締めた短剣を、彼の、いや、彼女の胸に突き立てる。

 まるでジェーニャを殺しにかかっているようで本当に、全身に悪寒が走る。

 それと同時、イルザの影が、彼女の背を貫く。完全なるトドメを刺すつもりだ。


「……っ、そうか。私は、勝てないのか。同等の力を得てもなお、お前に勝てないんだな、イルザ」


 力を失くした虚ろな瞳で、彼は呟く。


「バカか、お前。自分にトドメを刺しているのが誰かよく見ろ。

 それがオレとアンタの絶対的な差だよ、親父」


 彼の瞳が俺を見つめ、何かを理解したかのように静かな笑みを浮かべた。


「……ああ、私が最初の戦いでしかもっていなかったものか」

「気付くのが遅いんだよ、せいぜいあの世で後悔することだな――」


 彼が最初の戦いでしか持っていなかったもの。

 そう言われて思い浮かぶのは、彼が語っていた彼自身の過去。

 自らの故郷を奪った吸血鬼と戦うために、アマテイト教会に属していたという過去。

 ……彼は、あの時の仲間たちを取り戻すことを最大の目的としている。

 そして、あの時に吸血鬼の血を飲んだからこそ、帰る場所を失ったとも。


「……ロバート、クロスフィールド。君はなぜ、私にならずに済んだのだ」

「アンタほどに追い詰められていたら、俺はアンタの血を飲むことに活路を見出していたかもしれない。それでも、イルザが、皆が助けてくれた」

「ふふ、なるほどな……いいや、君はあの時の私と同じ立場だとしても、きっと私と同じ選択はしないだろう。それどころか仲間を死なせることもなかったはずだ」


 力のない右手が、俺の頬に触れる。

 ……クラリーチェに撃ち抜かれた傷こそ再生しているが、もはや爪には吸血鬼独特の輝きはない。

 彼が展開していた影も、ほぼ全てがイルザに飲み込まれつつある。


「なぁ、ロバート……お前は戦うつもりか? 私の与える力がないとしても、あのベインカーテンと、戦い続けるのか……?」

「――その必要があるのなら。俺のために、俺の女神のために」


 彼の右手が俺の顎を掴み、静かに引き寄せようとする。

 ……俺はそれを、振り払えずにいた。


「っ……私は君を哲学者だと思っていたが、どうも違うようだ。君のその在り方を支えていたのは、君の仲間たちだったんだね」


 きっと、彼が思い浮かべているのは、俺がジェーニャとしての彼に話したスノードロップの仲間たち。

 そして同時に、先ほど刃を交えた俺の仲間たちなのだろう。

 ……俺自身も自覚していなかったが、彼の言う通りなのかもしれない。

 俺が彼の血を求めずに済んだのは、クリスの姉ちゃんとリーチルとの約束だけではないのかもしれない。

 あの無謀な約束を、スカーレット王国への旅路を、支えてくれたあいつらがいたからなんだ。


「今さら、こんな殊勝なことを言うのも情けないが、最後に良いものを学んだ、生き返った甲斐があったよ。ありがとう、ロバート」


 引き寄せられるまま、彼女の唇が俺の唇に触れる。

 拒むこともできた。恐れることも。だが、その必要はないと感じていた。

 死に行くものへの餞別として、くれてやっても良い。そう思ったんだ。


「……さよなら、ジェーニャ。いいや、ゾルダン・ノイエンドルフ」


 静かに彼は横たわり、その命が果てる――はずだった。

 いいや、果てはしたんだ。彼は既にこの世を去った。もう一度、600年前よりも安らかに。

 だが、その遺体が、イルザが終わりにするはずの遺体に、穴が開いた。


「――仇を、取らせてもらったぞ。ロバート・クロスフィールド」


 聞き慣れた男の声が響いた。そうだ、本来ここに居なければおかしい男だ。

 しかし、仇だと? もう事切れていた男の胸に穴を開けることが?

 これは魔術だ。何かやったんだ、こいつは今、何かを仕掛けた。見逃してははいけない。今、この男のやったことを見なかったことにしてはいけない。


「仇だと……? デイビッド・ブラックストーン……ッ!!」

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