第73話
司書室を立ち去る直前、ゾルダンが無茶苦茶な力場を流し込んできた。
おかげでこの部屋は壊滅状態に近い。
蔵書の部分だけを避けて、天井をぶっ壊していった当たり、あの男の趣味が出ているし、そこまであいつはあの力に順応したってことだ。普通そこまで制御できない。
「どうしたイルザ、なぜ止まる」
「いや、お前を置いていった方が良いんじゃないかって」
「……ここまで来てか? 最後まで付き合わせてくれ」
俺の想いは彼女に通じているはずだ。同化しているこの状況なら。
――俺は、ヴァン・デアトルと出会ったすぐ後からずっとジェーニャと名乗るゾルダンと関わってきた。
教会時代の人間なのだろうというところまで推測を立てていたというのに、見抜けなかった。
もしも見抜いていれば、今よりもずっと早く、被害者も少ないうちに倒せたかもしれないというのに。
「……分かった。よろしく頼むぜ、相棒」
「ありがとう。心から感謝する――」
瓦礫をかき分けて外に出る。太陽の光が降り注ぐ、教会の外側。
そこには、あいつらが立っていた。俺の仲間たちが。
「――ん? 皇帝に逃げられたと思ったら、どうしたロバート。いつ染めたんだよ?」
「ハッ、うるせえぞバカ弟子が。お前さ、オレと居たんだから分かれよ、アドリアーノ」
「ええっ、融合してるのか? すげえ……」
アドリアーノがここにいるのは分かる。イルザの記憶を垣間見れば理解できる。
彼女と共にここに来たのだ。
「……アドリアーノ」
「なんだ? ロバート」
「よく守り抜いたな、あの教会を」
俺の言葉を聞き、はにかんで見せるアドリアーノ。
「――ロブ、イルザさん。吸血皇帝には逃げられてしまった。
今、クラーク殿下たちが追撃を仕掛けている」
ベルの兄貴は通信機のような機械を使っている。
……クラリーチェだな。あいつ完成させていたのか、通信機。
全く事件の最初の頃、連絡を密にしていこうと言っていたのに全然ダメだったな。
こいつらがなんで今ここにいるのか全然分からん。
イルザのおかげでアドリアーノはなんとなく分かるが。
「なぁ、ロバート。行くなら通信機、持ってった方が良いんじゃないのかい?」
「バネッサ。お前なんでここに居るんだよ。朝、親父さんのところに行くって、そのまま籠ってるんじゃなかったのか?」
「ふふっ、女には色々あるのさ。それより、無駄話してる余裕ないだろう?」
全くもって言う通りだ。クラーク殿下がどこまで足止めできるかも分からない。
彼らがやられてしまっては取り返しがつかないし、ここでゾルダンに逃げられても話にならない。
しかし、そうか。こいつらはゾルダンに撤退を選ばせたのか。流石はスノードロップというわけだ。
「ロブ、これを使って。クラリーチェが位置を教えてくれる。それと……」
「ありがとう、恩に着るぜ」
兄貴から託されたのは通信機と純白の短剣。
「――よう、完成させてるとはな? 通信機を」
『ロバート……よく無事で。
それは私だけの成果ではありません。ザックの魔術式を使いやすいように加工しているだけだ』
そんなことよりも――とクラリーチェが吸血皇帝の位置を教えてくれる。
既に精鋭部隊を連れたクラーク殿下は、ゾルダンとの交戦に入った。
かなり善戦しているようだが、いつ覆されてもおかしくはない。
それを聞きながら俺は移動を始める。人間のそれよりもかなり速い疾走、アドリアーノでさえもついてこれない。
『……イルザさん。アイザックはまだ戻ってきていません。バイロンという魔術師に、』
「バイロン?! あいつが仕掛けてきたってことは、吸血鬼に堕ちたか……それだけ分かれば良い」
彼女も不安を感じていないという訳じゃない。
だが、信じているのだ。自分の相棒を。
吸血鬼に身を落とした魔術師程度には負けないと。
「……ロバート、この先、自分の身は自分で守ってもらうことになるかもしれない。良いか?」
「ああ、兄貴から預かった武器もあるし、クラリーチェもいる。なんとかするさ」
「悪いな、保護者をやり切れなくて――」
大変な話だ。600年も生きていると、成人した人間相手に保護者をやらなきゃいけなくなるとは。
「……アンタだって心置きなくケリをつけたいんだろう? 俺も同じだ」
無論、実の親子である彼女ほどの因縁があるわけじゃない。
しかし、俺にも責任がある。
この数か月のうちに、あいつの正体にたどり着けなかった責任が。
それは果たさなければならない。引導を渡してやらなければならない。
……話す相手としてあれほど面白く、興味深い人間もいなかったが、あれを解き放ってはいけない。
あいつのやろうとしている”人間の造り替え”など許してはいないのだ。
『イルザさん、ロバート、急いで……マズい、このままじゃ……!!』
クラリーチェの声が響いてきたと同時、クラークたちの戦闘が見えてくる。
……そうか、あの矢は潤沢な数を用意できていなかったものな。
使い果たしたら近接戦闘に入るしかない。そして、クラークのような実力者ならばともかく、如何に精鋭と言えど、魔術師ですらない者たちでは――
「やらせるわけねえだろうが、オレの軍隊だぞ――」




