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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
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第68話

 ――終わりだと思った。ゾルダンの影が胸に突き立てられているんだ。

 ここから引き抜かれるだけで血を失って死ぬだろう。

 しかし、本当に恐ろしいのは、血を吸われれば傀儡となり、血を流し込まれれば吸血鬼となること。

 何がどう転んでも、もう終わりだ。そう、絶望しかけた、まさにそのときだった。


「やらせる訳ねえだろうが! ゾルダン、ノイエンドルフ……ッ!!」


 イルザの叫びが聞こえ、彼女の身体が全て霧のような影へと変わる。


「やはり、吸血鬼を越えた先に至るのは”完全なる力場”か――」


 彼女の変化にゾルダンが驚いているのが分かる。

 どうやら吸血鬼の力を吸収したばかりの彼は、そこまで自分の力を把握してはいないらしい。

 600年もの間、その力を身体に宿し続けたイルザとは決定的に違うということだ。


「――先に謝っておく。もし加減を間違えたらすまない」


 真紅の影が俺の身体を包み、彼女の声が響いてきた。

 いったい何を謝っているのか、いったい加減を間違えたらどうなるのか。

 全てが分からないまま、俺の手のひらはゾルダンが放っていた影を握り締めていた。


「っ、イルザ……お前――!!」


 掴めないと思っていたもの、吸血鬼の影、吸血鬼の力場を、俺の右手は確かに掴み取り、そのまま胸から引き抜いた。

 しかも、流れ出すはずの血は流れ落ちることはなく、胸の痛みもまるで感じない。

 それどころか全身に不可思議な高揚感がある。力がみなぎるような、独特の感覚が。


「ハッ、悪いな。これでこいつはオレのもんだ。お前のじゃない」


 自分の口が勝手に動き、言葉を紡ぐ。

 ……これは、イルザ・オーランドの意志だ。俺のじゃない。なのに俺の口が言葉を発している。

 そして、俺の周囲に充満していた真紅の影が薄くなっているのが分かる。影が薄くなるほど、全身に力が漲ってくる。


『ちょっと、私のロバートに勝手に入らないでよ!』

「ほう、君がこいつの妖精か。悪いな、守りながら戦うのが性に合わなくてよ。

 もしよければ、こいつのことを守ってやってくれないか。

 このままオレが加減を間違えると、こいつは吸血鬼になっちまう」


 ……おいおいおい、マジかよ。

 でも、冷静に考えれば理屈は分かる気がした。イルザ・オーランドは真紅の力場そのものへと姿を変えた。

 そうして俺の中に入っているのだ。恐らく彼女自身は事が終われば、このまま出ていくつもりだろう。

 しかし”加減を間違えた”のならば、俺の中に吸血鬼の力が残る。血こそ飲んではいないが、今、俺の中に充満しているのはイルザという吸血皇女そのものなんだ。


『……しょうがないなぁ、ロバート。いつもの宝石、首にかけて! 早く!』

「分かるのか……? ドロップ」

『うん、なんとなくね。お姉さん、実は妖精だったりしない? 私と同じでしょ?』


 ……ゾルダンが、言っていた。吸血鬼を越えた先に目指すものは神だと。

 そして、妖精こそが恐らく最も神に近い存在。力場の塊なのだと。


「んー、妖精ではないが、もしかしたら近いのかもなぁ」


 人の口を勝手に使いやがってと思いながらも、同時に安いものだとも思う。

 ゾルダンに胸を貫かれたどうしようもない状況から救ってくれたのだ。

 別にそれくらい大した問題ではない。そう思いながら、いつもの青い宝石を首から下げる。

 するとドロップがその中に溶け込んで、頭が冷えていくような優しさを感じた。


「……準備は済んだかい? ロバートくん、そしてイルザ」

「のんきに待っててくれるとはありがたいな? 親父」

「いや、なに、単純に興味が湧いた。お前が何をしようとしているのかを。面白いことをやれるようだな」


 俺の身体でイルザが笑う。


「そこら辺はアンタの理論通りさ。吸血鬼を越えた先に至るのは、純然たる力場。現代風に言えば魔力だ」

「自己を魔力として他者の中に入り込む……やはり魂こそが魔力の根源というわけだ。いや、そうと結論を出すのは早いかな」

「さぁな、そんなこと分かりようがないし、アンタはここを生き延びたらそれを研究するためにもっと悍ましいことをやるつもりだろ?」


 身体に溶け込んだ魔力から、彼女の意志が伝わってくる。

 それは自らの父親に対する純然な憎悪だけではない。

 あくまで極一部だが、嫌いではない部分もあって、今見せた彼の振る舞いがその片鱗。

 ……俺と同じだ。ジェーニャとしてのあいつと話していた時は本当に楽しかった。知識を交流させるのが心底。


(もしかして、オレの思考が漏れているか?)

(……ああ、悪い)

(いや、オレにもお前の思考が感じ取れてしまう。おあいこさ)


 ――あまり時間はないようだなと考えたのは、俺か彼女かその両方か。

 ドロップが抑えていてくれても、これだ。もしも彼女がいなかったのなら、既に俺はイルザという存在に飲み込まれているんじゃないだろうか。

 そう、思わざるを得ない自分がいた。


「……私が何もしないと答えれば、私を殺さないつもりかね? イルザ」

「まさか。最初から、お前のやったことは死を持って罰する他ない。ただ少しは、アンタに対するオレの憎悪が和らぐ」

「下らんな。では答えてやろう。私はここを生き延びて次にやるのは、人間の造り替えだ。生者の魂を用いて死者の魂に変換する。ちょうどこの私自身が良い先例になる」


 ――彼が言っていたことか。最初の仲間たちを蘇らせる。

 そのための血は、自らの魂に刻んでいる。ゾルダンは、俺にそう言っていた。

 生前の計画通りに力を手に入れたあいつは、それをやる気なんだ。あの時、オレが奪ってやった力を焼き直した今に。


「ならば、尚のこと生かして返せないな。せっかくあの世から帰った来たばかりだが、俺たちが送り返してやる――」

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