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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
287/310

第67話

 ――眼前に立つ吸血鬼を越えた吸血鬼、自らと同等の力を手に入れた、自らの父親を前にして、彼女は静かに笑っていた。

 彼女に向けられた問い、それ自体は極めて単純なものだ。

 どうして600年もの間、時代に介入しなかったのか。どうして歴史に残るような戦いを行わず、この領土の防衛だけに努めたのか。


「やっぱアンタあれだな。バカは死んでも治らないって奴だ。

 お前、オレにさえ勝てていれば勝利者でいられたと思っているんだろう? 永遠に」

「っ……? 何が言いたい?」


 ゾルダンは、イルザの真意を掴み切れていない。

 それは俺も同じだ。いったい彼女は何を言おうとしているのか。


「……魔法皇帝は永遠の命を持っていながら、あいつが皇帝でいられたのは半世紀程度に過ぎない。

 まぁ、アンタよりは長いし広いけどな。理由が分かるか? 敵が多すぎたからだ。

 個人としての力がいくら強大であろうとも常に四方八方から襲われる環境で、永く生きることはできない」


 彼女の言葉に、彼はただ”臆病者が”とだけ吐き捨てた。


「それにだ、親父。意外にこれくらいの土地でも、真面目に統治すると問題だらけだ。

 何度も滅びそうになった。飢えさせてしまいそうになったこともある。そのたびに自分たちの無力さを痛感したよ。

 人間の社会というものを運営するのはこんなにも難しいのかって。その時々の主たちとよく話し合った」


 ”お前は一度でも、そうであろうとしたことがあるのか?”

 ”吸血皇帝だなんて名乗っておきながら、お前が社会を運営しようとしたことがあるか?”

 ”魔法皇帝が歴史に名を刻み、お前が刻んでさえいないのは、その差なんだよ”


 イルザ・オーランドが畳みかけるたびに、彼が怒りに満ちていくのが見て取れた。

 やはり、ここら辺は親子ということか。

 恐らく彼女は的確に、父親が言われたくないことを指摘しているんだ。


「ッ……! そんな人間の理屈で、お前はその力を探求しなかったというのか、イルザ!!」

「ハッ、所詮は人間がいなきゃ数も増やせねえ吸血鬼風情が! そういうことは吸血鬼だけの国家を創ってから言うもんだぜ!」


 激昂したゾルダンが、その影を操る。

 真紅の影が刃となってイルザを、そして俺を襲ってくる。

 ……きっと俺への攻撃は、ただの誘導に過ぎない。イルザの手数を潰すための陽動だ。


「ッ――流石は親父殿……力への順応が速いな」

「力を封印してきたお前程度にはすぐに追いつけるさ。それに、ロバートを庇いながら私に勝てるつもりか?」


 舌打ちをしながら駆け出すイルザ。

 俺を守るために彼女の影が展開し続けながらも、握り直した両手の刃でゾルダンの身体を狙っている。

 

「そんな金属ごときで――」


 腕に血を纏わせ、強化するゾルダン。その真紅の腕でイルザの刃を的確に撥ね退けていく。

 そして俺を狙う影の攻撃も止まらない。

 イルザが影を操りながら守ってくれているから何とか届かないものの、これでは動いて良いのかどうかさえ……。


「ッ……クソが――!!」

「攻撃するのと守るの、どちらが頭を使うかは知っているだろう? 勝てないぞ、このままでは」

「やかましい! 人質に取りやがって!」


 ゾルダンの奴がほくそ笑んでいるのが分かる。

 ……これじゃあ、完全に足手まといだ。両者の実力は拮抗している。

 そこに俺という重しが掛かっているのだ。


(……ドロップ)

(なに? ロバート――)

(死んだらごめん。巻き込むことになるかもしれない)


 俺の言葉を聞いたドロップがくすくすと笑う。


(それが怖いのなら、私はあの森を出ていないよ、ロバート)


 ドロップがそう言ってくれる事だけが救いだった。

 そして、今この手にリーチルが託してくれた風の宝石があることが、俺の闘志を繋いでくれる。


「――ほう、動くか。ロバートくん」

「俺は、アンタを勝たせるためにここにいるわけじゃない……!」


 襲い来る影を、風の魔力で撃ち落とす。

 ……やはり魔力の質が違う。相手の方が圧倒的に強い。

 1撃あてるだけでは、軌道を逸らすことも難しい。


「ふふ、よかろう、面白くなってきた」


 直近に迫るイルザをいなしながら、影を操り、俺を狙ってくるゾルダン。

 2つのことを同時に処理しているからこそ、手数自体はそこまで多くはない。

 だが、影のひとつひとつが硬い。風の弾丸では撃ち落とすのにかかる弾丸数が多すぎる。


(……クソ、せめて雨が降っていれば)


 ないものねだりをしてしまう。でも、分かっていたことだ。

 雨の中でさえ、あのヴァン・デアトルに勝てなかった。

 ならば、そうでない場所で吸血鬼と、いいや、吸血皇帝と戦って勝てるものか。

 ……しかし、足手まといになるのは御免だ。


「――なぁ、ロバートくん。言っただろう? 君が私に勝つ方法を。

 私の血を吸え、あの日の私と同じように」


 戦闘が始まって、本当に窮地に立たされてから向けられる誘いは甘美だ。

 実際に、それしか手段がないように思わされる。

 ……迷うな、ロバート。吸血鬼へと成り果ててしまえば、合わせる顔がないと決めたじゃないか。

 クリスの姉ちゃんに、リーチルに。二度と会えなくなるくらいなら死んだ方がマシだと。


「ッ……ゾルダン――っ!!」

「ふふっ、なぁ、どうして欲しい? これでもう2つに1つだ」


 攻防の果て――四方から襲って来る影、その1つが俺の胸を貫いていた。

 あとは、吸い取られるか、流し込まれるか。傀儡か、吸血鬼か。……どちらにせよ、人間としては生きられない。


「ッ、俺は――!!」

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