第62話
「――君も、力が欲しいんじゃないのかい? ロバート・クロスフィールド、いいや、それも偽名かな」
っ、見抜かれていた……俺が、薄々ジェーニャが当代の人間ではないことに気づいていたように、彼もまた見抜いていたのだ。
しかし、どこまで、こいつはいったいどこまで俺のことを見抜いている……?
「ロバートという名前は、本名だよね? たぶん君はそこを偽れるほど器用な性格じゃない」
「……どうして分かった?」
「具体的なところを上げるのは難しいけど、ベインカーテン、いや、サータイトという女神の名前を出した時の反応が決定打かな」
最悪だ、そこまで見抜かれているのなら殆ど全て見抜かれているのと同じじゃないか。
なんという洞察力、これが吸血皇帝の実力という訳だ。
「この時代には残っていないみたいだけどね、私の時代にはこういう噂話があった。
海の向こうに”雪の女神であるサータイト”がいると。
彼女のもたらす死は、ベインカーテンのような苦しみではなく、悠久の安らぎなのだと」
……教会時代には、残っていたのか。
俺たちのサータイトの伝説が、彼女の神話が。
噂話という脆弱なものだとしても、その影さえ残っていない現代とは違うんだ。
「――正解のようだね、君が旅立った故郷というのは」
「ああ、そうだ。冬の女神が眠る土地だ」
「興味深いな、あの噂が真実だったと今になって分かるとは」
スカーレット王国に、バウムガルデン領に降り立ってから初めて、自らの過去を語れる相手がそこに居た。
……その喜びに気づくと、自分が今まで、嘘をつくことにどれだけの不快感を感じていたかを自覚させられる。
ここまで、俺はここまでに求めていたのだ。自分の過去を気兼ねなく話せる相手を。
「なぁ、アンタなら分かるか? なぜ、ここではサータイトが死の女神だと呼ばれているのかを」
「……君の故郷では違うようだな。雪の女神というのも違うのかい?」
「こっちでは冬の女神だ、まぁ、大まかには同じ意味を指しているだろう。そして彼女は死の女神というよりも静の女神なんだ」
俺の言葉に興味を示すゾルダンが、ジェーニャに見えてしまう。
……そうだ、俺は今まで、こういう話を何度もしてきたんだ。
それが、本当に、楽しかった。
「なるほど……静の女神か。アマテイトが太陽という動だとすればその逆」
「アマテイトとの関係は分からないが、人間は全てが静止している彼女の世界から生まれ、人生という動を終えたときに再び彼女の元へと帰るのだと」
「人間は全てアマテイトの子供だという話と同質は同質か……ふむ、神官はいるのか? サータイト神官は」
彼女の言葉に頷く。
「神子と呼ばれている。神官とは違って無作為に生まれてくるわけじゃない。神子の家系があるんだ」
「……ひょっとしてそれは青い髪に青い瞳だったりするか? どうも魔術師以外のアマテイト神官というのは赤い髪に赤い瞳だけだったと聞いてね、思うところがある」
その確認に頷く。こちらからは何も話していないのに、彼がそういう推論を立ててくるということは。
「やはり、青いサータイトの使い手がいるというのは、事実無根の話ではなかったか」
「そういう噂話が?」
「ああ、死霊に汚染された白髪に赤い瞳とはまた違うような、青が居ると。だから髪と瞳の両方が青く生まれた子供を忌み嫌う風習もあった」
ッ――つまり、サータイトの神子は俺たちの家系だけじゃない……?
だとすれば、その人たちは短命なのか? 特有の病や体質があるんじゃないか、それを探れれば、レベッカを……。
「しかし私が死んでいた600年の間に随分と世界も変わった。
私の頃でさえ薄れていた”青いサータイト”の話は、もうほとんど残っていないように見える」
「……なぁ、アンタはどうやって復活したんだ? 死んでいたんだろう、確かに」
ふと、思いついた疑問を口にしていた。
600年前、ゾルダンは自らの娘であるイルザに敗れ、その血の全てを奪われている。
完全に破壊され、亡骸もイルザに取り込まれているのだ。二度とその力が使われないように。
「それこそベインカーテンだよ。どうも奴らは私の血液を保管していたらしい。
この身体の持ち主はそれを飲んだ。だから彼女こそが吸血鬼になるはずだったんだが、その前にベインカーテンが殺してしまった。
死体となった彼女に、私の魂が目覚めたという訳だ」
……そして死んでしまった彼女は、元からベインカーテンに捕らえられていた被験者なのだろうという話だった。
素性は一切が不明。ジェーニャという名前もゾルダンが考えた偽名であり、彼女の本名という訳ではない。
いったいいつ捕らえられて、何を行われていたのか、どうやって彼女が離反し、ゾルダンの血を手に入れたのか、その全てはもう分からない。
「私は、私の血をもって人々に力を与えてきた。その意味では彼女を救えなかったことは手落ちだ。
恐らく決死の覚悟で私の力を求めてくれただろうに。
目覚めていれば良い吸血鬼になっただろう、僅かに残る復讐心だけでもそうだと分かる」
その言葉に嘘も偽りもないことは、よく分かった。
今まで話してきた彼への印象が、その言葉を信じる気にさせた。
「……もしかしたらベインカーテンの天敵になっていたかもな。そうであれば君の仲間になっていたかもしれない」
「っ……アンタ、」
「分かるよ、君は憎んでいるはずだ。君の女神を騙る、あの異常者の集団を」
自らの本心を見抜かれていたことに驚き、そしてそれをどこか快く思っている自分にも驚かされる。
「――なぁ、ロバート・クロスフィールドよ。私から一度、問わせて欲しい。
私の血を飲んでみないか? 私と共に悠久の時を生き、絶大な力を得て、まず手始めにベインカーテンを滅ぼしてみようじゃないか」




