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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
278/310

第58話

「――ところでよ、なんで吸血鬼ハンターなんだ? アドリアーノ」


 クラリーチェが掴んだ皇帝の居場所、アマテイト教会。

 恐らくロバートがいるはずの場所へと向かう中、イルザが俺にそんなことを聞いてくる。


「なんとなく、吸血鬼殺しより親しみやすいだろ? 吸血鬼ハンターだとさ」

「ふふっ、そうかい。あっち側っぽい言い回しではあるな」

「アンタもアイザックも結構こっち側に近いみたいだが、何か繋がりでもあるのか?」


 ”永く生きてると色々あるのさ”とだけ答える彼女を見ていると、それだけで納得させられてしまう。

 ストライダーが集まる場所を知っているというのも、2人が特別にこちら側を知っているというよりも、知り合いが多いから自ずと知っているというだけなんだろうと。

 600年以上の時間を生き続けているのだ、彼らが持つ知識の量は尋常ではない。


「おい、アドリアーノ。お仲間のロバートってのは宝石魔法使いだったよな?

 そいつが、下手したら今、あのクソッたれと一緒にいる」


 彼女の確認に頷く。まもなく到着するとはいえ、情報の共有は大事だ。


「――なぁ、そいつは”吸血鬼の血”を求めるような人間か?」


 不意の質問に対し、回答に詰まってしまう。

 ロバートという男が”吸血鬼の血”を求めるか、否か。

 いったいどうなのだろうかと思考が巡り、あの日のことを思い出す。

 すべての始まり、あいつが吸血鬼に出会った直後を。


「もし、あいつが夏の終わりに道を踏み外してしまった少年と戦っていなければ、あるいは」

「なるほど、しかし彼は戦っていたな。最初の吸血鬼と」

「……そうだ。だから俺は、あいつを信じたい。断言こそ出来はしないが」


 所詮は人間と人間。いくら他人のことを信じても、分からないことはある。

 それでも俺は、あいつを信じていたい。

 噂に聞く吸血皇帝がどれだけ狡猾で、どれだけ甘美な誘いを仕向けてきたとしても、それでも。


「ふん、お前がそういうのなら大丈夫さ。悪いな、変な質問をして」

「いいや、アンタの危機感は当然だ。相手はそれに長けた吸血鬼なんだろう?」


 俺の言葉に彼女が頷いたところでアマテイト教会が見えてくる。

 バウムガルデン首都のアマテイト教会が。

 ――教会の一画を、領軍と教会の戦士たちが取り囲んでいる。いったいなんだ、なんであんな膠着状態に?


「っ、イルザ様……!!」

「シェイナか。悪い、遅くなった。事情を教えてくれるな?」


 眼鏡をかけたアマテイト神官がイルザに目掛けて走ってくる。

 ――彼女は、今、ロバートが懇意にしているアマテイト神官さんだ。

 何度か俺たちの氷菓子屋にも来てくれていたから顔を覚えている。


「ッ、……司書室の中に、吸血皇帝が、中にロバートくんも居て、それで避難所は移したんですけど、攻め入るだけの戦力がなくて……」

「落ち着け、シェイナ。オレが来た、もう大丈夫だ。だから順を追って教えてくれるな? ここで何があったのかを」


 半ばパニック状態に陥っているシェイナさんをなだめるイルザ。

 そして聞き出した状況は、実にデンジャラスなものだった。

 今、包囲されている一画は、教会の司書室の外壁らしい。その中にはロバートと旅の女性ジェーニャがいるはずだった。

 扉が開かず、外から呼んでも2人が出てこないことを不審に思っていたら、領軍が駆け付けてきた。

 なんでも、吸血鬼が死んだときに流れ出す魔力がここに集結しているらしく、それが吸血皇帝の、そもそもの目的なのだと。


「ッ――野郎、やはり目的はあの日のやり直しって訳か」

「しかしよ、旅の女とロバートが居て、吸血皇帝の力が流れ込んでるってのはどういうことなんだ?」

「決まってんだろ、その女がゾルダンだ。オレの親父だよ」

「ええ、女なのにか?!」


 驚く俺を見て笑うイルザ・オーランド。


「男じゃなきゃダメならロバートって奴の方だな」

「おいおい、冗談キツイぜ。真面目に教えてくれよ」

「……ゾルダンの身体は600年前、オレが完全に破壊している。蘇るとしたら、奴が生前にばら撒いていた血からとしか考えられない」

「つまり、その血を飲んだのが男だろうが女だろうが」

「その中身がゾルダン・ノイエンドルフになる可能性はある。まぁ、普通ならあり得ないが、そうと考えるのが現状では一番あり得る可能性だ」


 そう言ったイルザが、その場に集まっていた領軍に指示を出し始める。

 作戦内容はこうだ。

 教会の内側からイルザが司書室の扉を蹴破る。領軍たちは万一に備えて外側から教会を囲む。

 実にシンプルな内容だが、彼女が最大の戦力であることを考えれば当然の一手のように思えた。


「――じゃあ、俺もついていくぜ。

 アンタが恐れてるのはゾルダンの傀儡だろ? だから領軍を連れて行かない」


 作戦が決まったところでイルザに声をかける。


「……命の保証はできねえぞ」

「そんなものが必要なら、あんな場所で戦うわけねえだろ」

「分かった、好きにすると良い。お前の仲間が居るんだ、大人しくもしてられねえか」


 ――イルザと2人。教会の内部へと進んでいく。

 すでにここはもぬけの殻。

 例の司書室にいるというロバートと吸血皇帝らしき女を除いては誰もいない。

 普段であれば、荘厳な静寂が満たしているここも、遠くから聞こえてくる戦闘音とどこからか漂ってくる異様な空気が、恐ろしさを感じさせる。


「あの扉だな……気をつけろアドリアーノ。オレならここに仕掛ける」

「そいつはどうも。確実な忠告だな」


 俺も詳しくは知らないが、このイルザ・オーランドという女は吸血鬼とかなり親和性の高い力を有している。

 それどころか同質かもしれない。だから彼女の言う忠告は恐らく現実へと変わる。

 ――ほらな。分かっていた通りだ。影の中から傀儡どもが現れやがった。


「シェイナが扉を開けようとしたとき、よく発動しなかったな」

「……なぁ、イルザ。ここは俺が請け負う。アンタは突っ込んでくれ」


 アディントンから借り受けてきた拳銃を2つ構える。

 ライフルの方は長距離移動の邪魔になるから借りられなかった。


「本気かい? アドリアーノ」

「ここで時間を食うより、アンタに託した方がロバートが安全だと思うんだ」

「――分かった、恩に着る。既に手遅れでない限り、必ず助ける」


 スッと視線を交わし、俺は道を切り開くように弾丸を放つ。影から現れた傀儡どもの動きを一瞬ばかり塞き止めた。

 その隙を逃さず、両手の刃を引き抜いたイルザは、そのまま扉へと突っ込んでいく。

 木製の扉が壊れて、その中から真紅の影が溢れ出す。


「イルザ……!!」

「安心しろ、これくらいで死にやしねえ――」


 そう言った彼女が、真紅の影の中に消えていく。

 残るのは俺と傀儡ども。

 ……これでロバートの運命は、彼女に託したことになる。


「いいや、今からお前らぶっ殺して俺も突入してやるぜ、見てろよクソ傀儡ども」

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