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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
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第57話

「――よく言った青年。そして、よく耐えた。この状況、オレが来るまでよく持たせた」


 威厳のある声が響いた、荘厳だと感じさせる女性の声が。

 俺を襲ってきていた傀儡どもは、静かにその声の方を向き、俺への攻撃を止める。

 血を持たない俺なんかよりも、血が流れる彼女を狙った方が良い。そう判断できる程度の本能は残されているらしい。


(……ああ、彼女こそが俺の望んだヒーローか)


 夜明けよりも少し前、瑠璃色の空に照らされた銀色の長髪。

 傀儡どもを射抜くような真紅の瞳。漆黒の外套に包まれたグラマラスな体躯。

 ――思うところはある。銀色に赤い瞳だ、あれは噂に聞くベインカーテンなのではないか?


 そう思いながらも、そうではないと確信している自分がいた。あんなに美しく力強い女性が死の信奉者であるはずがない。

 そして女だと分かっていても、俺は彼女をヒーローだと思ってしまう。

 だってそうだろう? こんな窮地に現れ、すべての敵を肩代わりしようとする助っ人。これをヒーローだと思わない人間がいるはずがない。


「……正直、ここはもうダメだろうと思っていたが、やはり希望は最後まで捨ててはいけないとまた学ばされたよ」


 音もなく引き抜かれる2刀の刃。その大きく広がった独特の形状は、柳葉刀を思わせる。

 このスカーレット王国では初めて見た。ストライダーがもたらした技術か、そもそもこの世界にもそういう刀が存在したのか。

 どちらにせよ、彼女が軽々と構えたその刀は、大きさからして、まともな女が片手で振るえるような重さじゃない。

 いや、女だけじゃない男だって鍛えてなければ不可能だ。


「――マジかよ」


 そんなありきたりな感嘆しか出てこなかった。

 鈍器のように重いはずの柳葉刀を、軽々と振るうその手捌き。

 持ち上げるところまでに筋力を働かせ、振り下ろすのは重力に任せる。

 無数の傀儡たちを相手に、銀髪の女はたった1振りでその身体を切断していく。

 そうして切断された傀儡から流れ出した血液は、彼女の影に流れ落ちる。


(……なんだ、あの影。まるで血溜まりみたいに真っ赤じゃないか)


 その異様な影のおかげなのだろうか。彼女が切断した傀儡たちは、再生しているように見えない。

 むしろ、異様なまでに早く乾いているように見える。

 いったいなんなんだ、この女は――?


「アンタ、いったい……」

「――吸血鬼殺しのオーランド、と名乗れば分かるかい?」


 名乗った女は、俺を追い越していく。

 狙うは、教会のバリケードに群がっている傀儡ども。

 ……もう既にあんなにも接近を許してしまっていたのか。あと少し、彼女が来るのが遅かったらと思うとゾッとする。


(吸血鬼殺しのオーランドってあれだよな、アイザックの異名……)


 俺が彼女の正体に目星をつけようとしていた時だ。

 溜め息を吐いた彼女は、面倒そうに柳葉刀を放り投げる。

 その刃はまるでブーメランのように美しい弧を描き、傀儡どもを切断し、彼女の元に戻ってくる。

 ……まともじゃない。何気なくやってみせているがこれは間違いなく魔術の類いだ。あんな重い刀が、幾人もの人間を切断して戻ってくるわけがない。


「これでバッテンフェルトに流れた血は潰し終わった。

 改めて礼を言うよ、あの教会を守ってくれてありがとう。そして、その血の流れない身体――」


 傀儡を殺し尽くし、俺に向き直る”吸血鬼殺し”

 その真紅の瞳が何よりも美しかった。


「――アンタあれだろ、アイザックの嫁。たしかイルザ・オーランドだったな?」

「くくっ、あいつの嫁呼ばわりされるのはかなり久しぶりだ。やはりお前、アイザックと会ったことがあるな?」


 銀髪の美女が笑う様はそれだけで絵になる。

 ただ笑うだけでこんなにも迫力があるなんて本当に存在自体がズルい。


「……確か、アドリアーノ・アルジェント、それで合ってるか?

 機械仕掛けの人間。今、オレの旦那に弟子入りしている娘っ子を姫様と呼ぶ男だったよな」

「随分よく知ってるな。アンタ、今までバウムガルデン領に居なかったんだろ?」


 名前だけは何度かちらほらと聞いていた。

 吸血鬼殺しのオーランド、アイザックの片割れ。イルザ・オーランドという女がいるということは。

 しかし、そうか。今の今まで他の地域に撒かれた吸血鬼の血を追っていたんだ。だから、ここに来た。

 恐らくバッテンフェルト首都に現れた吸血鬼を討伐したのも彼女だろう。彼女のような存在なしで人間の軍隊が吸血鬼に勝てるとは思えない。


「――愛の前に距離は無力だ」

「ハッ、魔法だろ? アイザックは大魔術師だ」

「おいおい、こういうのはロマンが大事なんだぜ。ま、有り体に言えばそういうことだ。オレたちの間に距離なんてあってないようなものさ」


 なるほどな……状況は掴めた。

 そして間接的に理解した。あのふざけた見た目をしたアイザックという兎の実力は本物だ。

 こんな女に愛されている男がまともであるはずがない。


「……なぁ、イルザさんよ。アンタはこれからどうするんだ?」

「バウムガルデンに戻る。お前はどうする? お姫様を助けに行くか、行かないか」

「決まってるさ。そんなこと――」


 俺の答えを聞いたイルザは、スッと教会に親指を向ける。


「じゃあ、別れの挨拶くらいして来るんだな。死地から死地への連戦になるぜ?」

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