第55話
……状況は最悪だった。傀儡の数は増えに増え続け、もはや数えることも馬鹿らしい。
そしてその全てが何度撃ち抜いても再生してくる。
最初の頃は脳天を完全に砕くために数発撃ちこんでいけば殺せていたが、次第にそんな余裕も無くなって――
「――マズいな、バリケードにまで到達されたぞ」
「ハハッ、これでこいつでも届くって訳だ」
「違いねえ!」
パン屋の親父はこういう火事場に対してかなり強い男だった。
拳銃の射程が短いことを理解し、今まで無駄弾を打っていなかったし、逆にこうして近づいた今、的確に撃ち抜いていっている。
反動が少ないことを差し引いても、良い腕だ。
「……ここでこれだけ来ているってことは、首都は全滅かな」
「考えるのはやめにしようぜ、アディントン。今は俺たちが生き残れるかどうかだけだ」
少し後ろにはアルとアシュリーたちが来ている。
上の階に居た方が安全だろうということもあったし、この状況で寝ていられるはずもなかった。
――2人ともよく泣き叫ぶこともなく、大人しくしているものだ。俺があの頃くらいには、そんなことできなかっただろう。
まぁ、そもそも俺にあんな頃ないんだけどな。となるとこの思考を弾き出すのに使ったのは、あのマキシマの記憶なんだろうか。
「ッ、クソ、もうダメだ……おい、このライフル、置いてくぞ――」
バリケードに仕掛けてあったトラップは発動し切っている。
傀儡は既に、屋上からは死角となる位地、入り口の扉にまで到達している。
突破されるのは時間の問題だった。
だから、俺がこうするのも最初から決めていたことだ。最初から。
「ッ――アドリアーノ……!!」
地面に飛び出していった俺に対し、アルの叫びが聞こえてくる。
「心配するな、俺は死なねえ――」
俺の言葉が聞こえたのかどうかは分からない。
でも、伝わるはずだ。俺が死ぬつもりで特攻を仕掛けたわけじゃないと。
この俺の身体が、鋼鉄で出来た機械仕掛けだと知るアルには。
「……よう、血に飢えた化け物ども。良い夜だよな?」
教会の扉に爪を立てていた傀儡がギロリとこちらを向き直る。
背後では、俺より後ろにいる傀儡どもがアディントンとパン屋の親父に撃ち抜かれていく。
全くもって良い腕だ。こんな最悪の状況だが、俺はツイていると思うぜ。
「グゥウウウウ……」
ケッ、もはや言葉も使えねえってか。本当に安物のゾンビパニック映画さながらだな。
このまま勢いで扉に叩きつけてやりたいところだが、それで扉を壊してしまったら元も子もない。
「ッ――――!」
傀儡の足元を掬い、地面に転ばせ、そのまま頭を踏み砕く。
……そこまで綺麗にはやれなかったが、3度も踏み抜けば人の頭蓋もぶっ壊れるらしい。
全く、これも襲われるまではただの被害者だったのだと思うと嫌な気分だ。
「……来いよ、血に飢えたケダモノども。俺の血で良ければ分けてやるぞ?」
群れを成した傀儡どもに対して、静かに悠然と前に出ていく。
これであいつらの目標は、この教会という建物ではなく、俺個人に移る。
既に彼らには、目の前の人間もどきが人間かどうかを判断する能力さえ残っていない。
だから俺で充分だ。俺がここにいることで、教会の扉が突き破られる可能性は格段に下がるのだ。
「……ハァ、たく、どうして呼吸が乱れるなんてどうでも良い機能を追加した、マキシマ――ッ!!」
俺は人間じゃない。疲労しているかどうかなんて理解している。
疲労していることを理解したうえで今、こうして戦っている。
だから息が上がる必要なんてない。人間らしいただの生理機能など、俺には必要ないのに。
「ああッ!! こんなところで終わってたまるか!!」
いや、生理的な機能が再現されているからこそ、こんな大声の誤魔化しでまだ動ける気がする。
傀儡どもとまだ戦えると思い込めるのならば、悪くない。人間の模倣というのも、悪くはないと思える。
――そう思いながら、もうしばらく傀儡どもを砕き続けた。拳で、足で、自らの鋼鉄の身体を活かし、生ける屍どもをただの遺体へと戻していく。
戻し切れなくて立ち上がってくる連中もいたけれど、それでも何度も、何度も、何度も。
「っ――アドリアーノさん、後ろっ!!」
アシュリーの悲鳴が聞こえた。直後、真後ろから牙を立てられていた。
俺の首筋に傀儡の牙が立てられて、血が吸われようとしていた。
――教会の上から悲鳴が聞こえてくるのが分かる。俺が傀儡にされるのだと本気で思っている。
「……おいおい、冷や冷やさせんじゃねえよ、クソ化け物が。
お前が真面目に血を吸うもんだから、俺にも血が流れてんのかなーって思っちまっただろうが!」
俺の首筋に牙を立て続ける傀儡の頭を掴み、握り潰す。
ここまで血を吸われるほどの後れを取らずに戦い続けてきたが、やはり物事には限界というものがあるらしい。
俺がコアから導き出せるエネルギーも限界に近く、自転車操業状態だ。
(……ああ、本当に朝が来れば全て終わりだと分かっているのなら、無理も効くというのに)




