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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
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第53話

「わぁ……すごい、本当にビクともしないんだ」


 アディントンと出会って翌々日の昼過ぎの時間だ。

 教会の中に居た少年、アルくんに俺はすっかり懐かれていた。

 色白な少年で、大人しげだったのだが、ひょんなことから俺の腕にぶら下がりたいという話になった。

 まぁ、昔からよく俺がそうされることが多いと話していて、その流れでという奴だ。


「俺は鋼鉄だからよ。力持ちなのさ」

「……”こうてつ”って何?」

「んー、硬くて丈夫ってことさ。だからこういうこともできる」


 スッとアルの身体を持ち上げて肩の上に乗せる。

 俺の腕で、彼のふとももをしっかりホールドしているから落ちることはない。


「うわぁ、高い! すごい……」

「お前もしっかり食ってればこれくらい大きくなるさ」

「……なれるかな? 僕が」


 アルの言葉に頷く。


「きっとなれるさ、なれなかった時には俺を殴りに来ても良いぞ」

「えー、でも殴ったらこっちが怪我しちゃうよ」

「ハハッ、気付いたか。まぁ、正直に言うと未来のことは分からん。

 だけど期待くらいはしてても良いんじゃないかって俺は思う」


 期待かぁ……と呟くアル少年。

 実際、彼が俺くらいの背丈になるかどうかなんてまだまだ分からない話だ。

 なるかもしれないし、ならないかもしれない。未来のことは誰にも分からないのだ。


「――すみません、アドリアーノさん。うちのアルが」


 アルのお姉ちゃんであり、パン屋の看板娘も勤めている彼女が、そう声をかけてくれる。

 教会の中に籠城しているから分からないが、きっと普段の彼女は父上と一緒にパンを焼くことに勤しんでいるのだろう。

 見たことはないが、そういうのが得意そうな人当たりの良さを感じる。


「いえいえ、俺が好きでやっていることですから」

「ふふっ、うちの弟と仲良くしてくれて本当に嬉しいです」


 そうお姉ちゃんがスッと近づいてきて、小声で話しかけてくれる。


(……あの、本当にお食事は必要ないんですか?)

(ああ。ちょっと特殊な造りでね。だからこの籠城に負担はかけないって説明した通りさ)

(でも……その、じゃあ、私のパンを食べて欲しいって言ったら食べていただけます?)


 意外な提案を前に、俺は回答を失う。

 不要だと言っているのに、食糧だって限られているはずなのに、どうして。

 ――これがアディントンの言っていた、俺のような人間みたいな相手とは食事を共にしたくなるってことなんだろうか。


「どうして……? 良いのか?」

「はい。アルと仲良くしてくれているのを見てると、なんか必要ないからっておかしいなって思ったんです」

「アシュリーちゃん……えっと、その、悪い。少し照れてる。ありがとう」


 こちらの回答を聞いてニッコリと微笑んでくれる彼女を見ていると、あの情報屋がこの娘のパン屋に惹かれている理由が分かる気がした。

 同性だろうが、機械だろうが、惹きつける強烈な魅力がある。素朴な魅力が。


「じゃあ、少しだけ場所を変えましょう。アルも来る? ないしょだよ?」

「うん。行く!」


 姉弟に連れられ、教会の屋根裏で俺たちは腰を下ろした。

 人が来ない場所ということらしい。

 ……こういう隠し事を共有するのは、少しワクワクしてしまうな。


「日持ちするように焼いているんで、味は良くないんですが、どうぞ♪」


 少し大きめなパンを出してくれるアシュリーちゃん。

 それを受け取り、1口ぶんだけ千切りとって口に運ぶ。

 確かに時間は経ってしまっているが、噛むことで消化機関が動き出し、甘い味が広がり始めた。

 ……素朴だけれども、とても温かな味がする。

 約2日も食事を取っていないことが初めてだったから、それがどれだけ自分にとって大きなものだったのかを実感してしまう。


「美味しい……ありがとう。俺なんかのために」

「いいえ。やっぱり必要ないからって食べなくていいなんてことないんですよ。人間なら」

「――ふふっ、そうかもしれないな。本当にありがとう、この恩は一生忘れない」


 限りある食事を、俺に分けてくれたこと。その意味、その重さ。

 文字通り俺はこれを一生忘れないだろうし、そして何よりも、分かち合いたいと思った。

 彼らと食事を共にしたいと。


「良いんですよ、ぜんぶ食べちゃって。私たちはお昼にいただいてますし」

「うんうん。アドリアーノだけ食べてないんだから」

「いや、あれじゃ足りねえだろ? 育ち盛りじゃ。

 それに俺が一緒に食べたいんだ、お前らと。ダメかな?」


 首を横に振ってくれるアシュリーとアル。

 貰ったパンを彼らに千切って渡す。普段なら何気ない食事だが、今はそれが一番沁みた。

 不思議なものだ。こんな状況で、こんなにも優しい気分になれるなんて。


「――それじゃ、私は戻ります。また一緒にお食事しましょうね。アドリアーノさん」

「ああ、今度は平和な時にでも」


 俺の言葉に頷き、屋根裏から降りていくアシュリーちゃん。

 まったくあの情報屋も本当に良い店を知っているもんだ。


「…………」


 俺たちも降りようか? そう、声をかけようと思った。

 だけど、ふと見つめたアルの横顔がとても辛そうに見えて、言葉に詰まった。


「どうした……? アル」

「……うん。僕のせいなんだ、こうなってるのは」

「いったい何がお前のせいだって言うんだ? まさか吸血鬼の血を飲んだわけでもないだろ?」


 そう言いながらじゃれつくようにアル少年を抱き寄せる。


「……はは、それはそうなんだけど、お姉ちゃんとお父さんが逃げなかったのが」

「そうなのか?」


 俺の言葉に頷くアル。

 同じような距離なのに、さっきの肩に抱え上げていた時より遠く感じた。ずっと遠くに。


「僕が病気がちだから、ここに残ったんだよ。みんな出ていったのに」

「でも、神官様も、アディントンも残っているじゃないか」

「……神官様はこの教会を守るって最初から言ってたし、アディントンさんももうここから動きたくないんだってずっと言ってたもん」


 でも、お父さんとお姉ちゃんは違うというわけか。

 なるほど……アル少年の言いたいことはよく分かった。

 この子が感じている負い目も。


「大丈夫さ。たとえ何が来たって俺が守ってやる。傀儡が来たって、吸血鬼が来たって、俺が全部ぶっ倒してやる」

「アドリアーノ……」

「だから、そうだな……自分のせいなんて思う必要はないんだ。お父さんもお姉ちゃんもお前が好きだから、お前のことを考えた。それだけのことさ」

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