第52話
「分からないというと……ひょっとして君はマスターとはぐれているのかい?」
紅茶を用意してくれようとするアディントンを見つめながら、その問いに頷く。
マキシマの奴が大量にぶち込んでくれた情報を適当に引き出しているだけだ。
安物のゾンビパニック映画のうち、1本だけまるまるデータが残っているからそれを再生することもできる。
「あ、君は飲み物を飲めるように造られている?」
「もちろん。食糧を取り込んでエネルギーに変換する機能は持ってるよ。機械に必要かどうかは怪しいが」
「それは私も思う。ただ、君のような人に近いタイプの機械人形とは一緒に食事をしたくなるのさ。人間の方がね」
……なるほど、面白い見解だ。確かにその機能に俺は助けられてきたと思う。
スノードロップの奴らと囲んだ食事の数を、俺は記録していないが、その全てが愛おしい記憶だ。
「名乗り遅れたな、魔術師アディントン。俺の名前はアドリアーノ・アルジェント。
マスターの出身地は日本だが、俺が生まれたのは”この世界”だ」
「……驚いたな、こっちで機械人形の技術を再現した人間がいるのか」
おっと、少し勘違いさせてしまったか。
流石にあのマキシマも放り出された冬の島でゼロから俺を造り出せたわけじゃない。
「いや、なんか知らんがオートマトンの雛型と一緒にこっちに来たらしい。
その後にその雛型を俺にしたんだ」
「……なるほど、そういうことか。それでも雛型を加工できるとなると結構な技術者のようだね」
アディントンの確認に頷く。
「マキシマ博士って言うんだが、知らないか? だいぶ前に王国本土に出ちまってそれ以来会ってないんだ」
「本土ってことは、君は元々どこかの島にいたのかい?」
「ああ、最近出てきたばかりでな。先に1人でどこかに行っちまったあのバカのことを探している」
こちらの質問に対し、深く考え込んでくれるアディントンの姿を見ていると、本当に人当たりの良い人間だと分かる。
全くもってありがたい限りだ。はるばる訪ねてきた甲斐があったぜ。
「……マキシマか、すまない。心当たりはないな。
どうもここら辺にはストライダーが少ないみたいでね。私にはそういう繋がりがない」
「俺が初めてだって言ってたもんな……しかし、その言い方、場所によっては集まったりしているのか?」
こちらの問いに頷くアディントン。
「私もアイザックという大魔術師からの伝聞だから詳しくは分からないんだが、シルキーテリアという場所にはだいぶその手の人間が多いらしい」
「へえ、あの兎と知り合いか」
「そういう君もかい? まぁ、バウムガルデンから来ていたとすれば見かける機会はあるだろうけど」
彼の問いに頷く。
どうにも彼の方は近くに住む魔術師ということで、アイザックと直に話す機会があったらしい。
それで自分がストライダーであることを打ち明けると、いろいろと教えてくれたのだそうだ。
「アンタはそのストライダーズ・ギルドとやら、頼ろうとは思わないのかい?」
「……うん。幸いにも自分1人で生活を立てられているからね。下手に帰れるかもしれない可能性を考えるのも辛いんだ」
「確かにそうだよな。諦めるか諦めないかを考えているときが一番辛いって話は俺にもインプットされてる」
そう答えながら紅茶を口にする。
……風味は俺の知る限りの地球のどの地域とも違う。
スカーレット王国流のそれだ。
「そうなると突然に訪ねて悪かったな。嫌なことを思い出させたか?」
「いや、意外と楽しいものだ。久しぶりに話の通じる相手と話せた」
……魔術師と認識されている彼が、こんな辺鄙な場所に居を構えているとなると、それなりに引退しているんだろうが、なんとなくその理由が見えてくる気がする。
となれば藪蛇を突くのは、やめておくべきだろうな。
別の世界で意欲的に生きられる人間はそういないのも分かる話だ。
「……ところで、この籠城はしばらく続けるつもりなのか?」
「ああ。正直、ここまで傀儡が来るかは分からない。けれど、みんな不安なんだ」
「そりゃそうだよな、不安じゃないはずもねえ……それで、拳銃くらい持っているのか?」
こちらの問いに、狙撃用のライフルを見せてくるアディントン。
「まぁ、これの他には、ライフルが2丁と拳銃が3丁しかないんだけどね。
内部機構を魔術式に置き換えているから、弾丸の心配はないけれど代わりに体力の消耗も激しい。
ちょっと前に1丁売ってしまったのが間違いだったかも」
そう笑う彼を前に、これを買いに来る奴がいるのかと驚く。
……黄昏の刃のあいつが疎いだけで、意外と機械魔法の有用性を見抜いている人間は居るんだろうか。
「なに、銃1丁で負けるなら、元からどうにもならねえさ。
――よしっ、成り行きだ。俺も付き合うぜ、この籠城戦に」
いざとなれば食糧なしでも動けるんだ。ここに負担をかけることもない。
「……良いのかい? 君にとっては何の関わり合いもない場所だろうに」
「袖振り合うも他生の縁、同郷のよしみ……それに、ここら辺にパン屋があるだろ?」
「うん。あるけど、それがどうかしたのかい?」
全くもってあいつに乗せられた通りなのは癪なのだが、それでも良いと思えた。
この男と引き合わせてくれたのだ。
そんな情報に対する報酬として、支払っても良いと思えた。
「友達がさ、好きなんだってよ。その店のことが――」




