第51話
――俺の身体は、機械で出来ている。
コアから導き出せるエネルギーは無限ではないから、体力の限界というものも確かに存在するが、それは並の人間よりもはるかに多い。
そして限界を考えての調節も容易だ。だから、こういうことができる。
「んー、バッテンフェルトに到着か。ちょっと予想より時間を食ったかな」
バウムガルデン領からバッテンフェルト領への移動を走りで済ませること。
これはなかなか人間では難しい。それを専門にしている奴か、馬がなければできない。
それくらいの距離がある。でも俺にはできる。
馬車の便数が極端に少なくなっていたから徒歩で走破したが、予測通り問題なく辿り着けた。
「……しかしまだ、首都には程遠いか」
情報屋が言うには、バウムガルデン領からバッテンフェルト領首都へと向かう林道を進むと、小さな教会への脇道があるらしい。
そこの小さな集落に例の機械魔法使いはいるそうだ。
教会が領土内に複数あるのは珍しいことではないらしいが、それでも随分と辺鄙なところにある教会だとあいつは言っていた。
まぁ、交易を主とする人々だって怪我はする。そんな時に神官様がいてくれれば助かるというのは分かる。
(例のパン屋も、教会の近くにあるんだろうな……そこまで言ってなかったけど)
となるとあの情報屋が渡してきたのは、自分の目で見たことか。
あいつ自身は、俺が機械魔法という言葉を伝えるまで機械魔法というものの存在を知らなかったようだから、自分で見たものの説明なのに曖昧な言い回しになっていたと。
……やはりこの世界では、機械魔法という技術はそこまでポピュラーなものではないらしい。
この先に本当に機械魔法使いが居たとして、あの情報屋みたいな人間でさえそれがそれと分からないとなれば機械魔法という分類は浸透していないと言えるだろう。
「……おいおい、バリケードかよ。臨戦態勢って感じだな」
林道を進んでいく中で、脇道を見つけた。教会の看板が掲げられた脇道を。
そうして進んだ先がこれだ。
すっかり夜だからというのもあるんだろうが、教会以外の建物からは人気を全く感じない。
そして同時に教会の扉は閉じられ、その前には柵が設置されている。下手に近づくとトラップがありそうだな、あの感じだと。
「籠城戦やるほどの状況ってことかよ、このバッテンフェルトは……」
さて、では俺はどうする? いつ出てくるかも分からない中の人々を待つか、扉をノックしてみるか。
それとも一度首都にまで行って情報収集でもしてくるか。
……この時間だと関所も閉まっているかもしれないが。
『――おい、そこのお前! 逃げてきたのか?』
教会の上の方から声が聞こえてくる。この独特のノイズの入り方、拡声器だな。
うんうん、間違いない。いるぞ、機械魔法使いが。
「いいや、そういう訳じゃないんだ。魔術師アディントンに会いに来た。
アンタがそうか? その拡声器、用意したのがアンタならの話だが」
『……ほう、これが拡声器だと分かるのか。お前、どこの出身だ?』
この質問の意図は分かる。ここで馬鹿正直に”冬の島です!”って答えても意味ないんだろうな。
「そうだな――俺のマスターは、日本人だった」
『……良いだろう。裏口を開けるから回り込んでくれ』
舗装されていない土の道を歩き、教会の裏へと回り込む。
場所が場所だからというのもあるが、バウムガルデン首都とは随分と造りが違うな。
そう思いながら、裏口の扉、その鍵が開かれる音を待った。
「……驚いた、機械人形か」
「分かるかい? 流石だな。ストライダーって言うんだっけ? こっちだと」
「どうにもそうらしい。とりあえず入ってくれ。早く扉を閉めたいんだ」
招かれるまま足を踏み入れる。そして魔術師アディントンが鍵を閉めるの横目で見つめる。
「――吸血鬼は招き入れられない限り、他者の家に入ることができない」
「フン、くだらない御伽話を。スカーレット王国の吸血鬼に、そんな制限はない。あればどれほど楽だったか」
「ひゅー、良いねえ。話が通じるってのが気持ちいいぜ。よろしくな、アディントンさんよ」
スッと握手を交わす。
「私にとっても、君のような同郷は初めてだ。こっちに来てからずっと……。
場所を変えよう。皆は寝てるんだ、起こしたくない」
そうアディントンは俺と私室へと案内してくれる。
どこで皆とやらが寝ているのかは分からないが、それなりに声が響かなそうな場所まで進んだところで俺は口を開いた。
「籠城戦をやろうってのはあれか? 吸血鬼かい?」
「……ああ、首都から逃げてきた奴がいてね。
かなり酷いらしい。それでも吸血鬼本人は倒せたらしいんだが、傀儡どもの無秩序な増殖を止められなかったと」
なるほど、それで籠城か。
本当に吸血鬼が死んでいて、あとが無能な傀儡だけならば籠城でもやり過ごせるかもしれないな。
それに、これくらいの対策はしておかないと眠ることもできないだろう。
「しかしよぉ、まるで安物のゾンビパニック映画みたいだと思わないか? 人間が化け物にされて、それがさらに化け物を増やしていくなんて」
「ああ、全くだ……君は随分とあっちの風俗に詳しいみたいだね。マスターの趣味?」
「……実際のところよく分からねえんだけど、たぶんそうだと思う」
そう、俺はアディントンと向かい合い、椅子に腰を下ろした。




