第50話
「了解した。吸血鬼ハンター見習いアドリアーノ・アルジェント、吸血鬼ハンター・オーランドと共に急行する!」
――くぅ、決まったぜ。
吸血鬼ハンターと名乗ると決めた時から最高にかっこよく名乗ってやろうと思っていたが、まさか俺のお姫様相手にこれが決まるとは。
「たく、このアホが。はしゃいでるんじゃないよ。
けれど、助かった。あいつと連絡取れなくて困ってたからさ」
「なんなら聞こうか? アイザックがどうなっているかを」
「いいや、要らない。あいつのことだ、それなりの窮地に陥って、それなりに戻ってくる」
そう微笑む吸血鬼ハンターを見ていると、本当に信頼しているのだと分かる。
全くアイザック・オーランドというのは愛されている兎さんだ。
「それよりもだ、アドリアーノ。吸血皇帝がいる場所に突っ込む意味、分かっているんだろうな?」
「もちろん。俺の仲間、俺の船長がいるかもしれないんだ。止めてくれるなよ、師匠?」
「ケッ、なにが師匠だよ。お前なんか弟子にした気はないね」
「ええっ、それは困る! それじゃあ俺はずっと吸血鬼ハンター見習いじゃないか。免許皆伝してくれるんだろう?」
こちらの言葉を前に軽く笑い、無視して走り続ける吸血鬼ハンター。
その人に置いていかれないように、食らいついて走る。
――色々あった。今、こうして吸血鬼ハンター見習いになるまでの紆余曲折、いいや、紆余紆余曲曲折が。
『バッテンフェルト領に機械魔法使いがいるってか?』
ひょんなことから出入りすることになった”黄昏の刃”という互助組織。
そこの情報屋が俺に一声かけてくれたのが全ての始まりだった。
『そうなんだ、アドリアーノ君。
どうも結構な腕の魔法使いらしいんだけど、金属系の不思議な道具を使うんだってさ。
君の言ってた”機械魔法”って奴がそれなんじゃないかと思うんだ』
『……”タダで昼飯を食えることはない”ってことわざ、知ってるかい?』
こちらの言葉に情報屋はクスクスと笑みを浮かべる。
『君の地方のことわざかな。私は知らない。でも、君の言いたいことは分かる』
『情報屋が情報をタダで教えてくるなんて怪しいぜ?』
『なに、バッテンフェルトには知り合いが居るんだ。君が行ってくれるなら少しは安全かなって』
――情報屋の話を詳しく聞くと、機械魔法使いがいるらしいという情報は真実。
そして同時に、どうもバッテンフェルトにも吸血鬼の噂が流れている。
吸血鬼そのものがいるかはともかく、血が流通しているらしい。
『はえー、それで俺に死地に行けって訳かい』
『行けとは言ってないんだよ? 別に依頼を出すほどの思い入れもないしね。
ただ、あの街には好きなパン屋さんがあってさ。たまに食べるそれが幸せだったんだ』
好きなパン屋か。そういう何気ないものこそが、この世で一番大切なものなんだよな。
『――乗った。その話、もう少し詳しく教えてもらえるか?』
『ふふっ、やっぱりそう来てくれたか。流石はアドリアーノ君』
全く、どういう信頼のされ方をしているのか。
ただ吸血鬼に対して俺ほどの切り札もないだろう。そもそも人間ではない機械人形が俺だ。
吸われる血もないし、血を飲んだところで意味はない。
……いや、案外意味はあるんだろうか? 興味本位で血を飲んでみたくなってくるな。
『――とまぁ、ここまでが概要だ。実際に行くのかどうかは君に任せる』
『ん。ありがとよ。
ここからはただの世間話だが、勝てると思うか? バウムガルデンは、吸血皇帝に』
俺のお姫様はアイザックのところに居る。
何をしているのかは知らないが、凄く楽しそうで、大掛かりなことを進めているのが分かる。
それは良いんだが、問題はアイザックたちが勝てるのかどうかだ。
もし勝てないのならクラリーチェの身が危うい。
『どうだろう……本気で勝てないと思っていたのなら、私もここにはいないかもしれない。
ただ、敵が本当に吸血皇帝そのものだとしたら”2度やって勝てるかは分からない”というのはイルザ・オーランド本人の言葉だね』
『――へぇ、直接聞いたのかい?』
俺の質問に首を横に振る情報屋。
『まさか。彼女の言葉は何度か本になっている。私はそれを読んだだけだ』
『なるほどねえ。しかし、本当にあり得るのかよ? 600年も前の人間なんだろう? 吸血皇帝って』
『普通に考えれば有り得ない。けど、実際に600年以上生き続けている奴らが2人もいるのがこのバウムガルデン領だ』
そう言われれば、確かにその通りだ。
俺もあのアイザック・オーランドを直接に見ている。
まぁ、分析らしい分析をしたわけではないから本当に600年も生きているのかは分からないが。
『――ただ、そうだね。
吸血皇帝の血が600年前の当時から残っているんじゃないかって噂はあった。
吸血鬼の王を生み出すため、皇帝は血を相当数ばら撒いていたらしいからね。
特に、ベインカーテンあたりが持っているなんて噂は聞いたことがある』
なるほど、当時に流通していた血は残っていてもおかしくないってことか。
しかし、ベインカーテンがねえ。
あいつらのサータイトの名を騙る連中だとは聞いているが、ここで絡んでくるか。
『つまり今、噂されている復活した吸血皇帝ってのは、吸血皇帝の血を飲んだ新たな吸血鬼かもしれないってことか』
『うん。ただ、ここまで狡猾に血を流通させているのを見ると、それだけで吸血皇帝を名乗るに相応しいとは思う』
『確かにそうだよなぁ。相当深い所まで流れてるんだろ?』
詳しくは分からないけどね、と言いながらも頷く情報屋。
……さて、俺はどうするべきか。
クラリーチェがアイザックの傍にいるのは、危険要素であり、逆に安全とも言えるだろう。
他の連中だってそれなりに身は守れるはずだ。
そもそもみんな俺を護衛として使いたがらないし、ここで俺がしばしバウムガルデンを離れたとして、そこに大きな問題はない。
ただ、本当に危険ならあいつら自身が嫌がっても傍にいてやらなきゃいけない。問題はその見極めだ。
(……結局、信じるかどうかって話になる訳か。アイザックのことを、あいつらのことを)




