第46話
――クロード・ミハエル・バウムガルデンの生き写し。
クラーク・ハイド・バウムガルデンという男がそう呼ばれていることは知っていた。
けれど、そうだな。今、こうして彼の一撃を受け止めて改めて理解する。
「……”紫電一閃”の再現とは。流石だ、クラーク殿下」
クロード自身の手記、それを再現した演劇、絵物語。バウムガルデン領に育った私は何度も見てきた。
雷の神官だった彼の必殺剣こそ、まさにこの紫電一閃。
自らが得意とする雷の力を刀剣に宿らせ、引き抜いた瞬間に居合切る妙技。
それをここまで真に迫る形で再現して見せるとは。
それなりの距離を取っていたはずなのに既に間合いはない。
こちらが刃を抜くのが遅れていたら、今ごろ切り伏せられていただろう。
「ッ、剣の腕は健在か、ストークス!!」
「若いころからの経験はそう簡単には抜けないよ。それに今の私は全盛期以上だ」
今朝、吸血鬼の血を飲んでからというもの、すこぶる調子がいい。
数十年ぶりにあの頃の自分、いいや、本当の自分を取り戻したみたいだ。
……ああ、久しぶりに気が紛れる。彼女を失くした痛みが掠れているのが分かる。
『アラステア・ストークス、私は君を知っている――』
ほんの数か月前だ、私が彼と出会ったのは。
いいや、彼女というべきか。見知らぬ女が纏うその空気に私は圧倒された。
『……僕は君を知らないな。どこかで会った記憶もない』
『ふふっ、いいや、君も私を知っている。この土地に私を知らぬ者はいないだろう』
バカなことを言う女だ。そうあしらうのは容易かった。
でも、そうしがたい独特の魅力があった。
答えを知ってから思えば、あの独特の魅力こそ彼を吸血皇帝たらしめた力なのだろう。
血を分け与えた相手に裏切りを思わせないほどの強烈な魅力。天性の才能だ。
『そうだ、私こそがゾルダン・ノイエンドルフ、君たちの宿敵なのさ』
彼がそう名乗る頃には、信じ切っていたと思う。
目の前にいるのは女なのに、それが伝説の吸血皇帝だと信じられた。
そして誘いに乗っていた。
彼が望むように彼の血を買い取り、それを売り捌くことを約束していた。
『……君だけには、私の真意を伝えよう。同時に考えて欲しい。
血を売った相手にこれをどこまで伝えるのかを。
細かい所は任せる。君の商売人としての腕は知っているつもりだ』
そう言って彼は語ってくれた。自らの真意を。
あの伝説に聞く、彼の最終計画。その向こう側に望んだ景色を。
『――吸血鬼が吸血鬼の血を喰らい、吸血鬼を超えた先。
その力があれば、魂を組み替えることができると私は考えている。
我が娘は、自らの愛した男を救う時に一度だけしか使っていないようだが、あれよりももっと広範に。
血を媒介として、死者を造り直すことができるんじゃないかと』
聞いたことのない話だ。あのゾルダン・ノイエンドルフがそんなことを望んでいたなんて。
ともすれば僕が求めるような、死者との再会を望んでいたなんて。
『貴方も、誰かを失って……?』
『ああ。私は、吸血鬼と戦いその血を吸って吸血鬼になったんだ。
あの時、共に戦った仲間たちのことを今でも思い出す。
彼らの血の味は覚えている。冷え切った、血の味を……吸血鬼を超越した力を手に入れれば、あるいは届くかもしれない。彼らの魂を連れ戻せるかもしれない』
”君もそうなのだろう? 求めているはずだ、自らの元から去っていった者たちを”
”憎んでいるはずだ、神を、宿命を、人の世を”
――あの時の彼の言葉が、今でも僕の脳裏には響いている。
彼の望みなど夢物語だ、叶うなんて信じてはいない。
だが、彼の夢物語に、自分の乾き切った願望を重ねるのも悪くない。そう思った。
そして同じように力を求める者たちに、吸血鬼の血を与えてみるのも面白い。そう思えた。
「――なぁ、殿下。分かるかい? 常世では叶わぬ願いを持つ者たちの渇望が」
「分かるものか……ッ! 吸血鬼の血を望む人間の想いなど、分かってたまるか!」
クラーク・ハイド・バウムガルデンの”雷を纏った剣”は本当に凄まじい。
こちらも血を持って刃を補強していなければ、剣の方が折られていただろう。
本人が剣技に秀でているというのもあるが、それ以上に魔法との噛み合わせ方が尋常ではない。
相当に高めてきたのだ、戦いなんて存在しない当代のバウムガルデンで。今日、この日まで。
(……ふふっ、この男と斬り合えるだけで本望なのかもしれない)
目の前にいるのは異常者だ。
戦う機会のないこの時代に、ロクに先達もいない魔法剣技をここまで練り上げて今日を迎えた。
それだけで敬意を払うに値する。魔術という才能を得ただけではない。目の前にいるのは本物の戦士だ。
彼と斬り合っていると、あの頃を思い出す。彼女と出会う前、商人だった父に反発し、剣士になろうとしていたあの頃を。
自分の人生の中で最も愚かで、同時にまだ何も失っていなかったあの頃に、戻れる気がした。
「ああ、分からないだろう。貴方には分からない。自らの努力で、才能で、そこまで辿り着けた貴方には、私や私を求めた者たちの心は分からない。
だけど、それで良いんだよ、殿下――貴方はだからこそ輝いている。貴方には、そう在り続けて欲しいと切に願う」




