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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
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第45話

「――僕の妻が死んだという話は、知っているかな」


 自分のことを覚えていてくれる相手は多い方が良い。

 そう言ったストークス卿が最初に話したのは、自らの妻のことだった。


「出産に耐えらなかったと、聞いてはいます」

「そうか。よく知っているね。もう30年も前の話だ。君が生まれるより前の事なのに」


 ちょうど彼が、今の姿くらいだった頃なんじゃないだろうか。

 若い頃に結婚して、母子を共に失い、それ以来ずっと女っ気のない生活をしていると聞いている。

 ストークス卿はバウムガルデンにとって最重要人物の1人だ。自然と話は入ってきたし、彼と会う機会があるたびに父上や皆が教えてくれた。

 俺が忘れていると思っていたのか、俺がまだ知らないと思っていたのか。答えは分からないが、色んな口から何度も聞いたのだ。


「……もしあの時、あいつが生きていれば、あの子だけでも生き残ってくれれば、僕はゾルダンの誘いに乗らなかったかもしれない。

 まぁ、乗っていなかったとしても今ごろ傀儡になっているだけだろうけどね。正体を明かした彼が、協力しない僕を生かしておくとは思えない」


 ッ、予測はしていたがやはり出てくるか、ゾルダンの名が。

 やはりこの件の首謀者はゾルダン・ノイエンドルフ、吸血皇帝だ。

 しかし、だとしたらなぜ今になって? 600年前に死んだはずの男が。

 どうやって蘇った? 今まで生きていたのならばなぜ沈黙していて、今になって動き出した?


「でも僕が脅されていたという訳じゃない。僕が血を飲んだのは今朝のことだ。

 だからゾルダンを裏切ろうと思えばいつでも裏切れた。でも、僕はそうしなかった」

「……どうしてだ。貴方には立場がある。今まで貴方を支えたこの土地を、人々をなぜ裏切れる!」


 こちらの怒りを前にして、静かに微笑むストークス卿。

 本当に、その儚げな表情に腹が立つ。

 いったいどう生きてきたら、そこまで意志薄弱な顔ができるというんだ。


「何もあの世には持っていけないから」

「っ……?」

「分からないか。バウムガルデン家に生まれた貴方には。脈々と続くものがあり、次へと繋ぐことが前提の貴方には」


 そう語る彼の瞳。それがまるでどす黒い闇のように見えた。

 ……すぐに錯覚だと分かる。しかし、なんだこれは。なんなんだ、この男の語る感覚は。


「ストークスという家は、私の父が一代で築いた。

 結局、事情は知らぬままだったが、父は自らの親族と絶縁している。

 そして僕以外の子を作ることもなかった」


 ……親以外の親族を持たず、自らの妻も子もいない。


「父はよく言っていたんだ。家族を捨てた俺が、どうして人竜戦争を戦い抜けたのか分からないと。

 人間が命を賭けられるのは、家族が居るからだ。家族への不利益を思えば徴兵を忌避することはできない。死を前にしても逃げ出すことはできない。

 だが、逆を返せばどうだろう? 家族のいない人間は、残すものがない人間は、何のために命を賭ける? いったい、そこに何の意味がある?」


 ッ……家族というものが残らないのなら、その功績に何の意味があるのか。

 なるほど。確かに理屈として分からない話ではない。

 バウムガルデン家に生まれたがゆえの誇り、両親への情、兄弟への情、そして先祖への憧憬。

 それらなくして俺がこのような人間でいられたか?と思えば、その答えは否だろう。


「だからか? だから貴方はこの土地を裏切り、吸血鬼に加担したと?」

「――いや、ここまでは”なぜ僕がバウムガルデンという土地を裏切れたのか”だけに過ぎない。

 そう、君の言うとおりだ。私はずっとこの土地に世話になってきた、この土地で商売をやってきたからこそ今の自分がいると思っている」


 理解を示すというのか、俺の言葉に。

 これほどまでの大惨事を引き起こしておきながら、この男は……!


「しかしだね、この土地で商売を続けてきたからこそ分かることもある。

 この土地の人々に対し”相手は本当は何を望んでいるのか”を考え続けてきたからこそ分かることが」


 ストークスの表情が歪む。その表情の意味を、きっと俺は一生理解することができない。

 初めてこの時に思い知った。俺と彼は決定的に違うのだと。


「――みんな、アイザック・オーランドになりたいんだ。

 吸血鬼の力を、永遠の命を欲している人間は、殿下、貴方が思うよりも遥かに多い。

 それはここがバウムガルデン領だから。生ける伝説が生き続けている場所だからなんだよ」


 ッ……ふざけるな、アイザックが居るからだと?!

 我が領民ならば皆が知っているはずだ。

 そもそも彼らが持つ吸血鬼と同質の力だとしても、彼ら自身が望んだものではないと。

 望まぬ力を手に入れながら、幾度となく我々を助けてきてくれた。それが彼らだ。

 そんな彼らに向かって、彼らが居るから吸血鬼に憧れるだと?

 よくも、そんなことを……よくも――


「――だから、従ったというのか? ゾルダン・ノイエンドルフに」

「ああ。それを求める人々に、それを与えたらどうなるのか見てみたくなった。

 吸血鬼の血を売れば彼らはどれだけ喜んでくれるのか、それを知りたくなった」


 自分の魔力が流れ出し始めているのを自覚する。

 激情に駆られ、術式が自ずと走り出しているのが分かる。


「……商売人風情が。手前の理屈で外道に落ちたな――」

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