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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
257/310

第37話

 ――俺の死因は、失血死だ。それはもはや変えられない。確定した未来。

 しかし、俺にはまだ役目がある。バウムガルデン軍人として、果たさなければいけない任務が。

 変えなければいけない未来が。


(……クソ、意識が飛んでいたか)


 胸に空いた傷から、刻一刻と血液が流れ出していく。そのたびに体力が奪われ、意識が遠のく。

 なんとか立ち上がろうと身体に力を入れるも、すぐには立ち上がれない。

 このまま死んでいくのか、それともあと一度ばかりの機会があるのか。

 頼む、太陽の女神よ、あと少しで良い。あと少しばかり、俺に力を与えて欲しい。ここで終われない、まだここでは死ねないんだ。


「ハァ……クソ、……俺は、」


 ――アダルベルト・ハックマンが仕掛けた寄生虫。

 それが発動し、俺たちが傀儡へと変えられるのは時間の問題だった。

 まもなく領軍は対吸血鬼の作戦を始める。俺たちは領軍本部に待機という指示だが、その間にハックマンは俺たちを傀儡へと変えるだろう。

 アイザックたち主力が不在となった領軍本部を押さえるはずだ。そして、そこまで大掛かりに動くのならば、今までのような半端な隠蔽を続ける必要はなくなる。


(……あのバカどもは、本当に血を分けてもらえると思っているらしいが、絶対にそうはならない)


 俺たちが同士討ちを始めたとき、アダルベルトは初めてその正体を晒して、こう告げた。

 ”行動を起こす日まで、私を信頼させた者に我が血を与えよう。自由を与えよう”と。

 だが、あんなものはまやかしだ。あのクソッたれアダルベルトは他人を信用したりしない。ましてや自分と同格の吸血鬼を、俺たちの中から生み出すものか。

 ――しかし、皆は恐怖に駆られて、あいつに従属した。

 その心までも。責めることはできない。人間として当然の反応だ。だが、それは軍人の行いではない。俺たちの義務を果たしていない。


(もっとも、反抗心を持っていたとしてもそれが共有できないんじゃ、誰が仲間で誰が敵かも分からないか……)


 最初、俺たちに仕掛けられていたのは領軍宿舎東で起きる異常事態を他者に伝えられないという魔術式だったが、時間が経つにつれ、より厳重に、より広くなっていった。

 つい先ほどまで、アダルベルトの名を口にすることもできなかったし、あいつへの反抗心も同じだ。

 その状況下では皆が黙るしかなかった。俺たちに許された発言は、あいつへの従属だけだった。だから誰がまだ諦めていないのかなんて分かり様がない。


「ぶち殺してやるぞ、アダルベルト……!!」


 今、自らの声が出ていることに喜びを覚える。もはや俺は、あの吸血鬼の従僕ではない。

 ――抉り出したのだ、自らの胸に巣食う寄生虫を。自決は禁じられていたが、少しの傷ならつけることができた。

 浅く浅く、何度も何度も何度も、胸を抉り、寄生虫にその刃を突き立て、抉りだした。傷口が再生しながらの自刃は本当に気が狂いそうだったが、なんとか成功させた。

 途中で同室のロッテンハイムが止めてきたうえに、アダルベルトに報せようとしたから括り付けてきた。

 加減をしてやりたがったが、それができるほどこちらにも余裕はない。今頃、傀儡になっていることだろう。


(……いつの間にか、出入り口に見張りが立ってやがる)


 自らの部屋にいくつかの偽装工作を施して、ここまで来たが、あと少しのところで意識を失っていた。

 入り口前の広場まで進んでいなかったから良かったものの、見つかっていてもおかしくなかった。

 ……しかし、どうする? 強行突破するか、それとも窓を探すか。俺はもう死に体だ。あの見張りを相手に戦って逃げ切れる保証はない。

 でも、ここまで出口に近づいたというのに今さら別の道へと向かう余力が、俺にあるというのだろうか。


(――ッ、マズい!)


 どちらにせよ、まずは立ち上がらなければいけない。そう思ったのが間違いで、俺の身体は地面に倒れ込んだ。

 音が響く。見張りが気づいた。

 ……マズいマズいマズい、この状況では、出口から遠い所で敵と戦う羽目になる……ッ!!


(――なんだ、別方向から?!)


 音が響いてきた。俺じゃないほうから、まるで注意を逸らしてくれるような音が。

 誰だ、俺のように胸に穴を開けた馬鹿が居るというのか。

 それとも……いったい誰が……?


(ッ……足音――?!)


 短剣を握り、仰向けに構える。クソ、立ち上がる力さえないというのか、俺にはもう……っ!!


「――俺だ、リベルト。まだ生きてるな……?」

「っ、ぁ、マル、ティン……?」


 幻覚を疑った。届かなかったと思った。あの日記は、彼の元には届かなかったのだと。

 ……いや、違う。本当は、彼が助けてくれるはずがないと思っていたんだ。

 軍人仲間に対して情報を発することは仕掛けられた術式に封じられていたし、頼れる相手として思いつくだけの実力がある外の友人は彼しかいなかった。

 けれど、同時にこうも思っていた。闇夜の盾の仲介人であるマルティン・サーディールが、報酬を支払えるかどうかも怪しい俺の依頼など受けてくれるはずはないと。


「何を驚いてやがる、お前が助けを求めたんだろう? 俺に」

「……遅いぜ、マルティン」

「ふん、悪いな。待たせた――」


 ……まさか、本当に来てくれるとは。

 あのマルティン・サーディールが、助けに来てくれるなんて。

 ああ、バカだな、俺は。あのベルザリオが領軍を訪ねてきてくれた時から、マルティンが動いてくれていると分かっていたはずなのに……希望を失いかけていた。


「――いくつか教えて欲しいことがある、リベルト」

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