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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
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第35話

 ――戦うための準備。

 敵はどうしようもなく強大だった。

 高度な魔術を用い、500人近い領兵を自らの傀儡へと変えつつある吸血鬼を前に、いったいどんな準備が役に立つというのか。

 そんな諦観が静かに充満していたが、それでも万に一つの可能性を手繰り寄せられるかどうかがここで分かれる。疎かにするわけにはいかない。


「あと、ひと刻みもないうちに日が昇るね。マルティン」

「そうだな、潜入には一番いい時間帯だ」


 万全の装備を整えるにはそれなりに時間がかかった。

 そもそもリベルトの手記を読み解き、事情をある程度ぼかしながらあの女性に伝えるだけでも夜は深まっていたから、この時間になるのは予想通り。

 しかし、マルティンの言葉は気休めなのか、本気なのか。


「へぇ、知らなかったな。そうなのかい?」

「夜通しの見張りってのは、体力と気力を食う。

 見張り始めてしばらくは集中力も持つが、日が昇る頃には疲れも出るし、何より完全な宵闇よりは見えるようになるから安心し始める」


 そこが気のゆるみになるって訳か。理屈は分かる。


「でもそれじゃ、領軍が動き出すギリギリの方が見張りの疲れも大きいんじゃない?」

「――陽が完全に昇ったら、いくらなんでもよく見えすぎるのさ。少し明るくなったくらいが程よく見えにくいし、気が緩む」


 ふむ、意外と完全な気休めって訳でもなさそうだ。

 しかし、それが吸血鬼相手にどこまで通用するのかと言われれば、全てが無意味のようにも思えてしまうけど。

 

「……ベル、逃げるなら今のうちだぞ」


 まだ太陽は昇っていない。

 完全な宵闇の中、着こんだ革の鎧による動きにくさに慣れようとしていた時だ。

 マルティンの奴がもう一度、僕に逃げ道を用意してくれたのは。

 ……全くやめて欲しいな。僕は優柔不断なんだ、迷えば迷うほど選択を変えたくなるし、そして後になって悔やむんだ。選ばなかった方を選べばよかったと。


「君がアイザックのところに駆け込むというのなら、僕も一緒に逃げるよ」

「……悪い。どうにもこう、宗教観というか、倫理観というか、つまらないことが出ちまって」


 彼自身も分かっているのだろう。僕らの最適解はアイザック・オーランドへ助けを求めることだ。

 それでも、人間としての感覚がそれを拒む。

 自らの友が、炎の鎧へと燃え落ち、その遺体さえ残らないという未来を前に、僕らの倫理が足を止める。


「――神なき生ならば、我々は獣と変わらない」

「神官様の言葉か?」

「うん。僕らの故郷では神子と呼ばれていた」


 レベッカよりもずっと前にいたサータイトの神子の言葉。

 もうずっと前にロブの奴が嬉々として語ってくれたのを覚えている。

 僕はいつも、彼から色んなことを教えてもらった。年下の弟みたいな奴なのに。


「変わってるな。だが、今の俺たちにぴったりだ」

「僕はこの言葉の意味を、自分の中の神に殉じることができないのなら、生きる意味がないということだと思っている」

「……自分の中の神か」


 マルティンの言葉に頷く。僕らは、神子ではない僕らは、神の言葉を知ることはできない。

 だから信じるべき神は、自分の中にしかいないんだ。


「神の言葉なんて聞けないからね、僕らはさ。

 だから、自分自身の中にある正しさへの想いを、神のそれだと信じるくらいしかできないんだ」


 僕が神から言葉を与えられたのは、役割を与えられる神託の時。そのただ1度だけだ。

 内容は、自らが大切だと思う人間を傍で支え、導くこと、諫めること。

 そうした果てに僕の幸せがあると彼女は言っていた。

 レベッカだけどレベッカには見えなかった、僕らの女神が。


(……あの時は、マリアンナを見送ってしまった自分が、誰を支え、誰を導き、誰を諫めるというのだろうかとしか思えなかったけれど)


 まさかこんな巡り合わせになるとはな。

 女神が未来を見通しているのか、彼女の言葉に僕が現状を当てはめているのか。

 どちらにせよ、今は信じるだけだ。そもそもが勝算の薄い戦い。女神にだって頼らなければ勝ち目がない。


「――神なんて信じないとあの日に誓った俺だが、今はお前の神を信じよう。

 リベルトの無念を晴らし、全てを終わらせてやる」


 そう、向けられる拳を拳で打ち返す。

 これも王国流の、かなり荒っぽい方に入る友情の挨拶だ。

 何度か見かけていたけれど、初めてやったように思う。


「行こう、マルティン。ここからが勝負だ」


 そこから先は、何の言葉もなかった。極力音を立てず、領軍の敷地へと近づいていく。

 対吸血鬼の作戦は、この夜が明ければ行われる。リベルトのいる領軍宿舎東で起きていることを抜きにしても、警戒が厳重である可能性は高い。

 まずは敷地を見渡すことができ、遮蔽物がある場所で状況を伺う。


「……目立った動きはないな」

「魔術式が仕掛けられている可能性は?」

「そこまで考え始めたらキリがない。ないとは言えないが」


 さて、この先に進んだら、もう簡単にはアイザックに助けを求めることもできないんだろうな。

 領軍の兵士に見つかったら、その場で拘束、あるいは殺されてもおかしくはない。

 ……覚悟を決めろ。今までのように優柔不断のままに死んでいくわけにはいかないんだ。ベルザリオ・ドラーツィオ。


「傀儡にされたリベルトの遺体を回収、その後は可能ならば離脱、それが不可能なら烽火を上げて他の領軍を呼ぶ。それでいいね? マルティン」


 こちらの確認に頷くマルティン。

 彼も覚悟している。闇夜の盾に属する彼が、表舞台に上がる可能性があることを。

 ……烽火を上げる羽目になったとして、そこからどう転ぶか。先は読めない。それでも。


「行こう、ベル。全てを終わらせるために――」

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