第34話
「ッ……ベルザリオ――俺は、殺すぞ。この吸血鬼を。
領軍を、リベルトを、命を弄んだ、このクソッたれを、ぶっ殺しに行く」
犯人の名は読めなかったんじゃないのか。
助けを求める方が賢明だ。
明日には動き出す領軍を前に、なぜお前が行く必要がある?
どんな言葉が、出てて来てもおかしくなかった。危険だと諫めるどんな言葉が。
「……本気なのか?」
なんて馬鹿なことを聞いているのだろうと自分でも思った。
けれど、聞かずにはいられなかったんだ。
「ああ。リベルトがまだ生きていれば情報を聞き出して殺す。その後に元凶を殺す。
リベルトがもう死んでいても殺し直す。
あいつの無念を炎の鎧になんてするものか。あの娘に、骨も残らなかったなんて、伝えられるものか……ッ!!」
……マルティンの無念は痛いほど分かる。
けれど、なんだろう。彼の向こう側に何か別のものが見える気がした。
リベルトへの友情以外の何かが。
「――なぁ、マルティン。昔にもあったのかい? こういう経験が」
ただの直感だ。けれど今のマルティンを見ていると、こんなにも無茶な橋を渡ろうとしているのを見ると、マリアの姿が重なる。
あんなに聡明で、慎重だったマリアンナが、成人を機にスカーレット王国に戻ると言い出した時のような無謀さ。
過去に追い立てられるがゆえの狂気を、なぜか分からないけれど、今の僕は、マルティンから感じていた。
「ッ……ベル、そういうお前も、何か過去を見ていないか? 今のお前、まるで最初に会った時と同じだ」
”マリアンナ・ヴィアネロの名前を出せ”と、暗にマルティンがそう誘導しているように感じた。
「……ああ、そうだ。僕が探している人も、今の君みたいな無茶を言って、僕の前から去っていった。
関係なんてないのかもしれないけど、今の君は、あの時のマリアンナに見えてしまう」
「マリアンナだったな……ヴィアネロだって言ってたよな? ベル」
彼の確認に頷く。すると彼は続けた。
”10年前、お前の島に流れ着いたマリアンナ・ヴィアネロだな”と。
僕は、それに頷くしかなかった。
「……マリアと被るのも当然だ。ありがとう、ベル。お前のおかげで冷静になった」
そう言ったマルティンが、間髪入れずに放った言葉。
僕は、それを前に、息ができなかった。
「――俺の本当の名は、マルティン・ヴィアネロだ」
どこか、胸の中で感じていたもの。
直感的な肌感覚、どこか彼を見ていて感じたマリアの匂い。
全てがガチリと噛み合う音がするような感覚。……ああ、そうか、そういうことだったのかと。
「マリアは、兄を探して王国へ出た。会えたのか、君に――」
「……いいや、そもそも俺もマリアに似た女が居るって情報につられてここに来たが、遅かったらしい」
ここまで話せば分かる。マリアの抱えていた過去を、マルティンも抱えている。
それも兄である彼の方がきっと、よく見えてしまっていただろう。
自らの家が、家族が、追い詰められていく様は。マリアンナは言っていた、自分が魔法に目覚めてしまったのがいけなかったのだと。
王国のすべてがヴィアネロ家を襲ってくるようで、兄だけが自分を逃がしてくれたと彼女は言っていたんだ。
「けど、お前に出会えてよかったと思ってる。
死んだと思っていた妹が、生きているんじゃないか。この10年で初めてそう思えた」
「……なら、ここで死ねないだろう、マルティン。僕も貴方に死なれたら、マリアに合わせる顔がない」
こちらの顔を静かに見つめてくるマルティン。
なるほど、兄だと分かってしまえば、よく似ている。今までよりも強く、マリアンナの面影を感じてしまう。
「お前を、マリアが気に入ったんだよな」
「ああ。もう、愛想つかされちゃったかもしれないけれど。だから君を兄さんとは呼べない」
「もちろん呼ばせねえさ。お前がマリアを連れてきてたら話は別だったかもしれないが」
軽く笑い合う。全く笑っている場合じゃないし、僕だってマリアと一緒に行けばよかったといつも思っている。
1年よりも前の僕の選択は間違いだったと、バウムガルデン領に、スカーレット王国に来て明確に分かった。
……しかし、なんて皮肉だ。僕の方が、マリアの探している兄さんと先に出会ってしまうとは。こんな場所で、こんな形で。
「俺は、俺たちは一度、この国に追われた。領軍に、教会に、貴族に、王族に。
その全てが俺たちの敵だった。あの時に思ったんだ、この不条理を仕掛けた奴らを必ず殺してやろうと。
……あの日と同じ憎しみを、今、俺は抱いている。リベルト・ラウリートのために。あんなの、ただの情報交換の相手だと、割り切れずに」
マルティンの瞳は暗く、それでも確かに燃えていた。
……ああ、本当にマリアンナにそっくりだ。
あれほど王国という場所に傷つけられたと、痛みと恨みを感じていたはずなのに、兄を捨て置けないと旅立ったあのマリアに。
凄惨な過去を抱えながら、こんなにも強く情けを他者に向けられるのだ。
「分かった……リベルトの骨を拾ってやろう。
君の考えもよく分かる。僕も、彼のような男が消えてなくなってしまうのは我慢ならない。
それが終わったら、領軍に知らせる。アイザック・オーランドを引き込む。それでどうだ? マルティン・サーディール」
敢えて彼を、サーディールの名で呼んだ。
だってこれは闇夜の盾の彼が、闇夜の盾の中で得た友人のための戦いだから。
「――良いだろう。だが、お前が付き合う必要はない。俺が行く。
ケリがついた時に、お前が引き込め。他の領軍を、アイザックを」
入らぬ気遣いだ。ここまで来て、1人で行かせられるものか。
「嫌だね。みすみす君が死ぬのを見過ごせる訳がない」
「……それは俺がマリアの兄だからか? なら、簡単だ。マリアに再会したら、俺の話はするな」
「違う。今、ここで君を見送って、この先に快く生きていける気がしない。マリアに会う時だけじゃない、きっといつも君のことを思い出す羽目になる」
いつかロバートが言っていたこと。ロブの奴に聞いたこと。
なぜ、あの時にデミアンを助けたのか。あんな無茶をしたのか。
それを聞いたときにあいつが言ったんだ。ここで彼を見殺しにして、この先に人生の喜びを享受できるか?思ったって。
今の僕も同じ気持ちだ。あの日のロブみたいに上手くやれるかなんて、分からないけれど、同じ気持ちなんだ。
「……はは、そうか。そいつは一大事だ。
分かったよ。お前の力、最後まで俺に貸してくれ。今日までのように」




