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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
253/310

第33話

 ――親愛なるマルティン・サーディールへ。

 まずは、このような古びているうえに、小難しい暗号を用いて文章を記すことを許して欲しい。

 以前に書いた手紙は届かなかったと考えている。手紙で指定した場所・時刻に君が現れなかったのは、そういうことなのだと。

 これは自惚れであり、祈りだ。今の自分には君以外に頼り得る相手がいない。どうかこの文章が君の元へ届くように。



 そもそも、なぜこの文章が初期魔法文字を元にした暗号文で書かざるを得なかったのか。その理由を綴ろう。

 手紙で使った簡易な暗号文を、もう自分は書くことができない。

 原因・方法はまだ明確には分からないが、少し前から特定の情報を他人に伝えることができなくなった。話すことも書くことも。

 以前に手紙を書いた時までは暗号なら使えた。しかし、今は使えない。

 今、こうして初期魔法文字で文章を書けているのも偶然の結果だ。知る限りの暗号を総当たりして、偶然にもこれならば書けると分かった。それだけに過ぎない。


 

 この症状に気づいたのは、2週間前。領軍宿舎の中で夥しい量の血痕を見つけた時のことだ。

 私が目撃した血痕は、致死量を越えているように見えた。誰かが殺されたんじゃないか。

 そう考え、すぐに上官に報告しようとした。しかし、できなかった。そこで初めて自分が喋れないことに気づいた。

 そこから数日、同じ宿舎にいる仲間のうち数人の姿が見えないことを自覚した。しかし、それを他者に伝えることができない。

 あまつさえ、別の宿舎の仲間が『消えた仲間を見かけないのはどういうことだ?』という質問をしてきたときに、俺は『そいつは風邪をひいているだけだ』と答えていた。

 全くの無意識、全くの虚偽報告、仲間を欺く言動を行わされていることに、俺は心底ゾッとした。



 虚偽報告から数日、自由にならない言葉を使いながら、俺はいくつかのことを調べ上げた。

 まず、この症状が出ているのは俺だけではない。当然だ、俺1人の言動を強制しただけではあの夥しい血痕を隠蔽することはできない。

 症状の範囲は、この領軍宿舎東だ。仲間たちも同じ症状だから細かい情報を共有することはできなかったが、なんとか意思疎通を取ることができた。

 その結果として、この宿舎だけで30名以上の人間が行方不明だと分かった。この宿舎に入っている軍人は500人だ。

 ――何かが起きている。まずは外部へ助けを求めなければいけない。その方針で我々は行動を開始した。



 マルティン、君への最初の手紙を届けようとしたのもこの時だ。

 本来であれば―――――へと報せを出せればよかったのだが、そうすることはできなかった。

 あの人のことを考えているだけで、全ての思考が阻害されるようで今も正確に書けている自信がない。

 だから、手紙には―――――へと助けを求めて欲しいという内容と、それが書けていなかった時のために直接会う約束を記した。

 しかしあの日に君は来なかった。届いていないのだろう。

 あるいは書けなかったのか。だとしたら今も文章を、意味のある言葉を書けていないのではないか。そういう不安は過る。



 ――自分と同じように外に手紙を出そうとした男が、殺された。

 何が起きたのかは理解できなかったけれど、俺たちがなんとか外部との連絡を取ろうと作戦を立てている最中だった。

 彼の身体が喉元から破裂した。夥しい量の血痕を撒き散らし、死んだ。

 そんな光景を前に、俺たちは悲鳴を上げることもできず、彼に駆け寄ることもできず、何もできなかった。何も。

 遺体を回収してやることさえ叶わず、俺たちはいつものように就寝時刻に、強制的に自室へと戻された。身体がそのように動いた。まるで他人のもののように。


 

 なぜ1人だけだったのかは分からない。敵が気づいたのが彼だけだったのか。

 それとも自分の”傀儡”に変えた俺たちという兵隊を、失いたくなかったのか。

 どちらにせよ、分かったことが1つ。この状況を仕組んでいるのは吸血鬼だ。俺たちはそう、確信した。

 あの光景を見た誰もがそう思うだろう。吸血鬼でなければ仕掛けられないことだと。言葉を交わし合うことはできなかったが、皆がそう思っているのが分かった。



 ――ここから語ることは、あまりにも凄惨で、個人の名誉に関わるため要約して綴る。

 誰かが気づいた。自らの身体の傷が異様に早く治ることに。まるで伝説に聞く吸血鬼のように。

 そして誰かが思った。前回、この事件の黒幕はたった1人だけを殺したと。更に自分たちは自決さえできないようにされている。

 だからきっと、黒幕は動くはずだ。俺たちが俺たちを殺し始めれば。そう思った奴らが、近くにいた仲間を殺し始めた。

 自決は許されていなかったが、他者を殺すことは可能だった。殺された人間はその場で吸血鬼の傀儡となった。物言わぬ傀儡へと。



 彼らは勇敢だった。仲間を殺す決断を下した者も、それに殺された者たちも。

 皆が真のバウムガルデン軍人だった。その命を、領軍へと捧げたのだ。

 だから、今、俺が記すことはその成果、皆の成果だ。

 まず、犯人の名は――――――――――であり、奴の使った方法は、吸血鬼の血を用いて、特殊な寄生虫を生み出すこと。

 蚊ほどの痛みも与えずに、その虫は人間の体内に寄生虫を産み付ける。

 そして親に仕掛けられた魔術式が子の代にまで連鎖し、宿主である人間にも連鎖する。

 更にこの寄生虫を操ることで、吸血鬼は一瞬で俺たちを傀儡に変えることができる。つまり、あいつは今、領軍の一角を完全に掌握している。

 ―――――に分からないように、動き出すまで、外の誰にも悟られない形で。時限装置付きの傀儡、それが今の俺たちだ。



 頼む、マルティン。この内容を―――――に伝えて欲しい。あるいは外の誰かに。

 そして俺たちを殺してくれ。1人残らず。

 今、あいつは、寄生虫からの解放をエサに自らへの従属を求めている。状況が状況だ、それに従う者も多い。彼らを責めることはできない。

 責めたところでもはや打つ手もない。俺にはもう、どうすることもできない。

 だから、伝えて欲しい。俺たちを殺せる人間に、この現状を。俺たちがこのバウムガルデン領にその刃を向けてしまう前に。



 どうかこの願いが届くように、祈っている――――リベルト・ラウリート

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