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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
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第31話

『――ああ、君だったか。アイザックを通しての呼び出しだったから、誰が来るかと思って緊張しちゃった』


 待ち続けた応接室。その扉を開いたのは、見知った顔の男。

 その顔を見て最初に思ったのは、アイザックから聞いていたような傀儡ではないだろうということ。

 しかし、この気さくな態度、あの鬼気迫る手紙が嘘のような……。


『お久しぶりです、リベルトさん。ベルザリオです』

『ご丁寧にありがとう。最近マルティンとよくツルんでるよね。顔は覚えてたんだけど……』


 そう頭をかいてる彼を見ていると、いつも酒場で見るときと変わらない。

 いったい、どういうことだ……?


『それで今日はどんな用事で?』

『――店に忘れてたグラス、届けてくれってマルティンに』


 ここまでは表向きの理由だ。それとなく分かるように視線で伝える。

 もし、盗み聞ぎされていたらシャレにならない。


『それと手紙の件、最後が濡れてて読めなかったって』


 グラスを入れた箱を渡すために近づいたところで、少し声を小さめにリベルトに伝える。

 その瞬間、彼の表情が変わった、ように見えたがすぐに笑顔に戻ってしまう。

 ……不自然な表情の変化だなとそのとき初めて思った。思ってしまえば、そもそもこの笑顔、最初からいつもと違うんじゃないか?

 そんな疑問が湧いてきた。


『手紙の件か。なに、マルティンとまた飲みに行こうってそれだけだ。

 ……そうだ、お礼にコーヒーでもご馳走するよ。外に行こう』

『良いんですか? こんな子供の使いみたいなことで』


 こちらの言葉に頷いてくれるリベルト。

 ……恐らくだけど、何かを警戒しているように見える。

 しかし、気持ちが悪いくらいに笑顔のままだ。表情が変わらない。


『……すまない。本当にありがとう、ここまで来てくれて』


 領軍宿舎を出て、しばらく歩いたところでリベルトが低い声でそう呟いた。

 それでも笑顔はそのままで、何か異常な状態にあることが分かる。

 ……人間を支配するような魔術式は、禁じられている、か。

 しかし、目の前にあるのは現にそれなんじゃないか?


『手紙の最後が読めなかった、ってのは? 本当に濡れていたのか?』


 宿舎からそれなりに離れた喫茶店の中、周囲に人のいない席でリベルトが聞いてくる。

 ……彼が何かを喋ることを禁じられているのなら、こちらから質問を投げかけるべきだろうか。

 しかし、彼を通して何かを知るような魔術式が仕掛けられていたら藪蛇を突くことになるな……。

 魔術というものに精通していない僕では、魔術というもので何ができて、何ができないのか全く想像もつかないのが問題だ。


『……いや、2人だけに分かるような秘密の言葉を使っていただろう?

 そういうのを使わなきゃいけない関係ってこと、宿舎の中で話さないほうが良いかなって嘘ついた。本当は濡れてない』


 こちらの言葉に、本気で笑い出しそうになるリベルト。

 どうも僕の、2人は同性愛者で付き合っているから暗号を使ったという体で話すという意思が伝わったように見える。

 そしてこの反応を見るに、笑うことは制限されていないらしい。


『そうそう、万一にでも恋文を読まれたら困るからな』

『……それで最後の方が読み解けなかったって話なんだ』


 こちらの言葉を聞いたリベルトがペンを取り出し、それを自分の布に当てようとして、止めた。

 ……その身振りを見ていると何となく分かる。書けないのか、文字を。


『手でも怪我したかい? リベルト』

『ああ、おかげで今はもう文字を書けねえんだ』


 こちらの助け舟に頷く形では回答できたと見るべきか。

 つまり、今の彼は文字を書けない。手紙で助けを出した時とは違う。


『彼に伝えたかったこと、どうやって伝えようか。僕が直接聞くわけにはいかないよね』

『ああ、お前相手には話せねえ』


 答えるリベルトが本当に嬉しそうな顔をしている。

 ……これで分かった。今の彼は特定の内容を言葉で伝えることができず、文字を書くことは恐らくその全てができない。


『でも、託してある。あいつへの想いを。日記にしてな』

『誰に託した?』

『――ッ、あー、うん。俺の家族みてえな奴だ。マルティンに紹介したことはないが――ッ!!!』


 ッ……話そうとしている、話そうとして失敗している。

 なんだ、なんなんだこれは……あるのか、こんなことが。これが魔術というものか……?

 いったいリベルトの身に何が起きているんだ?


『――悪い、何でもない。今日はありがとな』

『いや、良いんだ……大丈夫、かい……?』


 こちらの確認に頷くリベルトの顔は、最初の薄気味の悪い張り付いたような笑みへと戻っている。

 ……ゾッとする。何が何だか分からないが、とにかくゾッとする。

 今、彼の身に起きていることはとても恐ろしいことだ。彼の尊厳を踏みにじるような行為が行われている。


『ああ、何の問題もないさ。ただ、領軍も吸血鬼絡みでバタバタしてる。もう近づかないほうが良い』

『……”吸血鬼絡み”なのかい?』

『――そうだ、吸血鬼絡みだ。だから関わるな。マルティンにも伝えておいてくれ。二度と俺と関わるなって』


 リベルトがこちらの意図を拾ってくれているという確信はない。

 黒幕が吸血鬼なのか?という意図を込めて聞いた言葉だと分かったうえで頷いたのか、確信まではできない。

 でも、そうだと思う。分かったうえで吸血鬼絡みだと自分の口で言ったのだと僕は思う。


『……分かったよ。でも、マルティンは執念深い。君ほどの男を伝言だけで見逃すとは思えないな』

『そうか……じゃあ、機を伺って会いに来いと、仲間を連れて会いに来いと――そう、伝えておいてくれ』

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