第27話
――ロブの奴が巻き込まれた事件。
ヴァン・デアトルが、フェリシア・マーガレットという元役者を狙った事件。
その直後、ロブが提案した『バウムガルデン領を去るか留まるか』という議題、あの時に僕が留まることを提案したのには確固たる理由がある。
そして、その理由を皆に明かすことができない理由も。
「……悪いな、ベルザリオ。こんな、俺の意地に付き合わせて」
夜、現状から考えて、最後の聞き込みを終えた後、彼が語りかけてくる。
僕がここに留まりたかった原因となった男、そして今となっては友人だと思っている男が。
「いや、でも君がこういう情に厚い男だとは思ってなかったよ。マルティン」
「……普段ならこんな深入りしねえんだが、あいつは妙に気になる奴で、月並みな言葉だが友人だと思ってる」
「ふふっ、じゃあ、その友情に力を貸すことができて光栄だ」
――彼の名は、マルティン・サーディール。
彼と出会ったのは、バウムガルデン領に入って、僕がマリアンナに関することを片っ端から聞き回り始めた頃だ。
後になって”闇夜の盾”と呼ばれる組織の運営する酒場だと知ることになる場所で、彼と巡り合った。
彼は闇夜の盾の仲介人、持ち込まれる依頼と仕事を求める人間を繋ぐ役目を果たしており、様々な情報に精通していた。
その知識を活かして、僕のことをいろいろと助けてくれたのだ。
『マリアンナ、ヴィアネロを探してる……? どういう関係なんだ? いつ会った?』
彼は結局、マリアンナのことを知らないと言っていたが、最初にこちらが名前を出した時の反応の異質さを覚えている。
それまでに僕が聞き込んだ相手の誰とも違う反応だったことを。
しかも彼の顔が、どことなくマリアンナに似ているような気がして、マリアが話していた兄の名前がマルティンだったことを思い出した。
……他人の空似かもしれない。名前が被っていても、名字が違うのだし、そもそも名前さえ偽名かもしれない。闇夜の盾では。
けど、僕は自分の中に沸き上がった直感を確かめずにいられず、彼に近づいていった。その中で闇夜の盾という組織に属することにもなった。
(……ロブに隠し事なんて、悪いことしちゃってるな)
なんて思ったけれど、意外と少しそれが楽しくもあった。
闇夜の盾というのは少々汚いこともやっているが、基本的には寄せられる依頼と仕事を求める傭兵を繋ぐ組織に過ぎない。
だからいくつか仕事もしたし、仕事を果たすうちにマルティンには気に入られていったと思う。自惚れでなければ。
そうやって順調に、この組織での居場所を確立していった頃だった。ヴァン・デアトルが動き出したのは。
以前から吸血鬼とその血に関する噂は出回っていたけれど、それが一気に確信へと変わっていった。
『なぁ、ベル。お前は逃げないのか?
今、ここに残っているのは、アテのない奴と吸血鬼絡みで一稼ぎしようっていうマジでヤバい奴だけだぞ』
バウムガルデン家によって敷かれた厳戒態勢。飛び交う異様な噂話。
闇夜の盾に寄せられる依頼も、何かキナ臭いものと、ただひたすらに守ってくれというものばかりになっていった。
その最中だ。マルティンの奴がそんな風に気を回してくれたのは。
『ふふっ、じゃあ、僕はどっちだと思う? アテがないのか、一稼ぎしようとしてるのか』
『は? ……アテなんかなくても、仲間にあれが居るんだから……まさか、お前、一稼ぎしようとしてんのか?』
『残念。仲間に妖精使いが居てもアテがないのは事実だし、アテがないから一稼ぎしようともしてるんだ』
僕の回答にマルティンは笑ってくれた。
そして言わなかったけれど、僕の思う”一稼ぎ”の中には期待もあった。マリアンナに関する情報に近づけるんじゃないかという期待が。
明らかに火事場になりつつあるバウムガルデンという土地で、マルティンの傍にいれば彼との距離が縮まる。
最初に聞き出せなかったことを聞き出せるんじゃないか。そう思った。
それにもっと単純に、彼のことが人として好きになっていたのも理由になるだろう。彼がここを離れないのなら、まぁ、一緒にいても良いかと本気で思ってもいたんだ。
『……ッ、なんだ、この暗号は、』
領軍による調査が進んでいる。血の流通元への総攻撃の日が近い。そんな情報が流れてきたころ。
マルティンの元に手紙が届いた。夜の酒場にいる彼に向けてというのが少し異質だったけど、それは普通の手紙に見えた。
けど、マルティンが読むと違ったらしい。何かの暗号が仕掛けられていたのだ。
『いったい何が書いてあるんだい……?』
あんなに青ざめた彼の顔を見るのは初めてで、僕は聞かずにいられなかった。
情報屋として、闇夜の盾の仲介役として、常に余裕を持って振る舞う彼が、あんなにひとつの感情に支配されているのは初めて見たから。
『リベルトから、俺に最期の依頼をしたいと……どうしようもない、助けてくれ、俺にしか託せない』
その名前に聞き覚えはあった。
何度か僕も顔を合わせたことのある領軍の若い兵士で、マルティンが個人的に付き合いを持つ相手だ。
どうも元々は、リベルトの友人が闇夜の盾に属しているらしく、そんな繋がりでマルティンとも仲が良くなったと聞いている。
まぁ、お互いに情報交換を目的にしていたところが全くないとは言えないだろうが、それでも良好な関係に見えた。
『依頼の内容は……?』
『書いてない、何も書いてないんだ……書こうとして、暗号が崩れてる、読み解けない』




