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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
245/310

第25話

 ――秋の朝。

 冬に向けて肌寒くなっていく季節を、俺は何度、繰り返してきただろう。

 春、夏、秋、冬、いくら季節が巡っても俺のやることは変わらない。俺の人生は変わらない。

 朝を迎えるとまるで糸人形みたいに身体がいつも通りの動きを始めようとして、気付いた。


「……ああ、扉、閉め切ったんだったか」


 普段はしない閂をしていることで、今日は店を開けない予定だったことを思い出す。

 クラーク殿下が教えてくれた。今日は店を開けるな、今日は外に出るなと。

 あの人は、バウムガルデン家に生まれた魔法使いで文字通りの武闘派だ。

 おそらく吸血鬼への大規模な攻撃を仕掛け、その戦いに身を投じるのだろう。

 だから忠告してくれた。それは本当にありがたかった。


(……いつもの毎日と違うってだけで、こんなにも、何をしたらいいのか分からないなんて)


 けれど、なんだろう。

 毎日繰り返していたことが途切れてしまうと、どうしようもない虚しさが襲ってくる。

 昨日はわざわざバネッサの奴が残ってくれてまで、籠城の準備を手伝ってくれた。

 ルティの坊ちゃんについていけばいいのに、それを蹴ってまで。

 仲間のこともあるんだろうが、それでもありがたい話だ。

 ……虚しくなんてない、俺の人生は虚しいはずがない。そう、思いたいのに。


(なんで俺は、ああいう風になれなかったんだろうか)


 バネッサ・アルベルティという少女は、純粋に料理というものを楽しんでいる。

 あの娘にとって食べることは技術を分析することだし、作ることは技術を実践すること。

 両方を楽しみ、人生を謳歌しているように見える。


「……俺だって食ってるし、作ってるのに」


 けれど、俺は違う。

 俺も料理を生業にしてきたが、それは生まれに従ってきただけのこと。

 天魚屋の長男として生まれたからそれを継いだ。他の道なんて考えたこともなかった。

 目の前に与えられた仕事をこなして、こなして、こなして、ただ日々をやり過ごしてきただけだ。


 ――親父が死んで、お袋が死んで、人生が分からなくなった。

 彼らには、尽くしてきたと思う。彼らが与える仕事をこなし続けてきたと。

 けれど、いざ彼らが居なくなってしまってもやることは変わらなくて、何かが欠けた同じ日々が続いていった。

 たまに弟子入りを望む奴らが、訪れては去っていく。ここよりも良い場所へ、自らの夢を叶えるために。

 それを何度か繰り返していくたびに、嬉しいはずの巣立ちが、あの子たちの未来が、眩しくて見ていられなくなった。


 だからもう弟子は取らないと、決めていたはずなのに、また流されてしまった。

 常連のルティの坊ちゃんが連れてきたあの娘と話していて、あの娘に望まれて、俺はそれを受け入れた。

 新しい弟子を取ってしまった。あいつはひときわ眩しく見えた。

 バウムガルデンよりもはるかに閉ざされたような島から出てきて、世界に飛び出していくことを前提に語る彼女は本当に眩しかった。

 なぜ、彼女が漁師という親元から離れたのか分からなかった。なぜ、彼女が仲間の誘いに乗ったのか分からなかった。

 なぜ、彼女が料理を学びたいと思っていて、なぜ、それをあんなに楽しそうにできるのか、分からなかった。


 ……俺にとっては苦行だったから。料理を学ぶこと、料理をすること。それを楽しいと思ったことなんてない。

 やらなければいけないことだからやって、やり続けていたから技術が身についた。

 それだけでしかない。何も望んでいないし、何も残せてもいない。跡取のいない天魚屋は、俺の代で終わる。何も残りはしない。

 両親は、俺という跡取が居たから自分の人生を穏やかに終えることができたのだと思う。けれど、俺はどうだ?

 この俺の人生の先に、何が残る? 何を残せる? この人生にいったい何の価値があったって言うんだ……?


「……ああ、すみません。クラーク殿下」


 殿下だけじゃない。ルティが居る、バネッサが居る。

 俺の味を好きだと言ってくれる客が、俺に教えを請うてくれた弟子が、何人も居たというのに。

 どうしてこんなにも、どうしてこんなにも、虚しいと思ってしまうのか。

 ああ、いったい何を求めて生きていれば、良かったんだろうか。

 何を積み上げてこられたら、こんなことを思わずに老いていけたのだろうか。


「――吸血鬼の血、か」


 夏の終わり、吸血鬼への厳戒態勢が敷かれた。

 いくつもの料理屋が潰れていった。市場の人間もその数を減らした。

 そんな冷えていくバウムガルデンの中で、俺は思ったことがある。


(……あいつが、俺に渡してきた血は、本物だったんだな)


 商人をやっている友人。

 俺と同じように家庭がなく、子供がなく、跡取がなく、人生の限界が見えてきていた男。

 あいつと夜、酒を飲んでいた時だ。


『――俺はお前のことを信頼している。お前は俺と、同じ虚しさを抱えていると思っているから』


 そう言ってあいつは俺に透明な小瓶を渡してきた。

 硝子製かとも思ったが、どうもそれよりも頑丈で中に赤黒い液体が入っているのが分かった。

 あいつはそれを”吸血鬼の血”だと言っていた。


『飲めば吸血鬼になれる。永遠に死ぬことのない身体に。あの伝説たちと同じように』


 俺は尋ねた。そんなものになってどうするんだ?と。


『……やり直せるかもしれない、間違えた人生を』

『永遠に生きるなんて、そんなことに、意味があるのか……?』

『そうだ、それだよ。俺たちは結局、永遠に生きたいと思えたことさえないくらい、人生を間違えてきたんだ』


 ”だから何も残ってない。だからこのまま死んでいくことが耐えられない”

 ……あいつの言葉は今でも脳裏に響き続けていた。ずっと、ずっと、ずっと。

 バネッサという弟子に何かを教えていたときも、クラーク殿下に最後の料理を振る舞っていたときも。


(……俺はとんでもない不敬者だ、殿下にあれほど信頼されていたというのに)


 あの日以来、あいつとは会っていない。今、どうしているのかも知らない。

 あいつも俺と同じように血を手元に、一線を越えられずにいるのか。

 それとも、もう越えてしまったのだろうか。

 オーランドの伝説に出てくるようなものに、なってしまったんだろうか。


 ――そして俺は、この血を取り出して、何をどうするつもりなのだろうか。

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