第23話
――私が、ルティ・アシュフォードと出会ったのは本当に些細なきっかけだったと記憶している。
バウムガルデンでの生活、氷菓子スノードロップで稼いだ金として私個人にも通貨というものが入ってきたころ。
私は私の金を使ってバウムガルデンの料理屋を1日1店舗ずつ渡り歩いていた。そんな中、ふとしたことで意気投合したのがルティだった。
「……なんかごめんね。このあと馬車が来るんだって?」
「謝るのは僕のほうです。本来の出発は明日だったのに、急に立つことになってしまって」
客席に座るルティに前菜を出してやる。ここからが私の料理の始まりだ。
何度かしか食べたことがないけれど、フルコースという奴を振る舞ってやる。
そのために肉も用意しているんだ。実家と天魚屋だけの経験で勝負するつもりはない。
「……事情はクラークから聞いていますか?」
「具体的なことは分からないけど、あらかたね」
私の料理に口もつけず、何か深刻な言葉を言おうとするルティの唇に人差し指を重ねる。
「――むっ」
「今はさ、私の料理に集中してくれないかい?」
「……確かに。後のことは、後に考えましょうか」
優しく微笑むルティが愛らしい。本当に良い子だ。
「――この前菜、レギュームの味付けを参考にされました?」
「ふふっ、よく分かったね。アンタとじゃなかったら入れなかった店だ。あそこのサラダって料理は美味かった」
「懐かしいですね。男女同伴でないと入れないってのに僕も苦労していて。良い思い出です」
本当に夏から今まで、いろいろな店を回った。
この天魚屋には何度も来ていたが、それ以外にも色々と。
「しかし、あの店には一度しか入っていないのによくここまで模倣されましたね。
特にこのほぐし身の作り方、全体への味付け。魚介特有の生臭さを消すということにおいては完全に横に並んで見せている。
魚と野菜のサラダって、本当に難しいのに」
ふふっ、私より全然子供のくせに、本当にこいつは食事への評価がペラペラと出てくる奴なんだよな。
でも、そういうところが好きだった。私も分析しながら食べる性質だから、こいつと食事をしながら話すのは本当に楽しかった。
味付けがどうだ、火の通し方がどうだ、あの店とこの店はこう違う、これは同じ。そんな話をするのが、かけがえのない時間だったと思っている。
「お褒めいただき光栄だ。じゃ、お次はポタージュをどうぞ」
「おお、とうもろこしですか。この店で用意されていたんです? 結構時間がかかったんじゃ」
「煮込むのに時間がかかるからね。準備自体は朝からしてたんだ」
こちらの回答に驚くルティ。
「……本当に手間をかけていただいたみたいで。ありがとうございます」
「これは約束だからね。このバウムガルデンで学んだ私の料理、真っ先にアンタに味わってもらうって」
「ふふっ、本当に光栄ですよ。バネッサさんの料理を個人的に味わえるなんて」
いろいろな料理屋を2人で巡る中で、私が遠方の島から出てきたこと、外の料理を学ぼうとしていることを話した。
その中で約束したのだ。バウムガルデンで学んだ料理を実践する日が来たのなら、最初の客はルティだと。
「――さて、こいつが今日の本命になるかな」
ルティがスープを飲んでいる間に、下準備を終えていたサリアスに最後の調理を加える。
今日のフルコース、その中の魚料理、私の本命は”サリアスの姿造り”だ。
ちょうど親父が先ほどクラーク殿下に振る舞っていたもの。直前に先駆者の技を見れてよかった。
おかげで最初よりも想像がしやすかった。先に正解を見ていたから。
「天魚屋の技ですね。ひょっとして姿造りを見たのは、さっきのクラークのが最初ですか?」
「ほう、よく分かったね」
「親父さん、なかなか造らないから。ね?」
「お前には造ってやったことあるだろ?」
ふむ、ルティが地元の人間だと思い知らされる。
私よりも親父のことを知っているとは。
「しかし、さっき見たばかりとは思えない。
よくできてます。でも、サリアスはもう少し肉厚の方が良いかなと」
「む、そうかい……」
不満そうな私の顔を見て、ルティがひと切れサリアスを箸でつまんで私の方に向けてくる。
「――お口、あけてください」
「なっ、アンタ恥ずかしいことす――むっ……んぐ、なるほど。分かった」
こっちが喋ろうとしたところでスッとサリアスを入れてくるの、本当に悪戯小僧めって感じだけど、こいつの言いたいことは分かった。
そして同時に私の失敗も理解した。
「鮮度が落ちて、少し身が柔らかくなってる」
「ええ。だからもう少し厚く切るのが正解かなって。でも、それだけで別に悪くはありません」
「世辞は良い。私の失敗だ。今後に生かす」
まだまだサルーアほど食材の特性を熟知してるって訳じゃないってことを無意識に忘れてた気がする。
これは自戒しておかなければいけない。
「ふふっ、本当に向上心の塊みたいな人だ、バネッサさんは」
「ま、好きでやってることだからさ」
「僕がもう少し歳を重ねたら、ぜひ貴女を貴族のお抱え料理人の集まりに引き込みたい。あれはあれで独特の食文化があるんです」
――クラーク殿下と仲良さげに話していた以上に、確定だなこりゃ。
最低でも貴族、下手したら王族だ。ルティ・アシュフォードは。
「なに、アンタにはここに連れてきてもらった時点で良い所に紹介してもらってるよ」
「確かにそれはそうなのですが、近いうちにまた別の場所へ旅されるのでしょう? それを重ねた近い将来に、必ず」
「……うん、気長に待ってる。ありがとね」




