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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
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第20話

「ふー……」


 昼時の山を越え、深い溜め息を吐く。

 俺のほうは最後の定食を仕上げたが、バネッサの方はそれを運んでいるからまだ仕事中。

 ……やはり手際の良い女の子だ。彼女を雇えて助かっているのはきっと俺の方なんだろうな。


(最初に雇ってくれと言われたときには、こんなことになるとは思っていなかったが……)


 元々、彼女は夏くらいからこの店に顔を出してくれた新しい常連だった。

 ルティの坊ちゃんと一緒に居ることが多くて、彼女自身が料理に興味津々だったからよく話すようになった。

 ここら辺じゃ遠洋まで出ないと中々獲れないサルーアについて異様に詳しかったりと興味深い常連さんだったのだ。最初の頃は。


「……ひと段落、かな?」

「ああ。片付けたら飯にしよう」

「ふふ、親父のまかないが食えるのは本当にありがたいね」


 店では出していない料理を振る舞うとこいつは素直に喜んでくれる。

 料理を知るということを心から楽しんでいるようで、それが少し羨ましい。

 この娘と俺は違う。俺は、こう生まれたからこう生きているだけ。定食屋の息子に生まれていなければ別の生き方をしていただろう。

 けれど、こいつは自分で生き方を選んでいる。自分で楽しみを見出している。


「……なぁ、バネッサ」

「なんだい? 親父」


 黙々と皿洗いを続ける中、ふとバネッサに話しかけていた。


「故郷を出るのって、怖くなかったか?」

「ん……まぁ、全く怖くなかったとは言えないかな。

 けど、私はサルーアくらいしか獲れない海に飽き飽きしてたし、ちょうど同じような仲間もいたんだ」


 バネッサの仲間か。少しだけ話を聞いたことがある。


「氷菓子を売ってるって連中か。魔法使いが仲間に?」

「ああ、魔法って言っても妖精と組んでる奴だけど」

「……妖精か。絵物語くらいでしか見たことねえ」


 本物の魔法使いとは会ったこともあるが、妖精使いは人生の中で一度も見たことがない。

 子供の頃に見た演劇に出ていたから存在しているってことを知っているくらいだ。


「なんか希少らしいね。まぁ、そいつが特に島の外に出たがる奴でさ。

 島の本は読み尽くした!とか、そんなのをずっと聞いてたら私も外の世界が知りたくなった。

 外の魚、外の料理、そういうのが知りたくて、今は親父の世話になってる」


 ――彼女から向けられる感謝が少し気恥ずかしい。

 そして寂しくも思う。彼女はここを出ていく人間だ。もっと広い世界を旅していくのだろう。

 ……今までの弟子たちだってみんな独立していったのに、なぜこうも惜しいと思ってしまうのだろうか。

 俺に子供が居なくて、俺の跡を継ぐ人間が居ないからだろうか。


「良いもんだな、羨ましいよ」

「……そう、かな?」

「ああ、俺にはそんな仲間はいなかった。だからここで店を続けてきた、1人でな」


 もしもそういう仲間が居てくれたのなら、俺の人生も違ったのだろうか。

 なんて思いながら、今さら自分の人生を変える気にもならない。

 そういう若さはもう失くしてしまった。


「……でも、親父の作る飯、美味いじゃないか」

「ふん、褒めるな小娘」


 皿洗いを終え、昼時の客も居なくなった頃合いを見計らい、用意していたまかないを振る舞う。

 今日のまかないは、魚のあらで出汁を取った野菜鍋だ。

 3枚に降ろした魚の余り、中心の骨とそれに残った身で出汁を取ると良い味になるんだ。


「……はー、なんかホッとするわ。野菜に味がしみ込んでて美味い」

「ふふっ、別にこれくらいお前の地元でもやってただろ?」

「まぁ、多少はね。でも、ここまで凝ってなかった。サルーアって開くだろ? アラとして残るのは内臓くらいさ、殆ど肥料にしてた」


 確かにサルーアだとそうなるか。せいぜい出汁が取れても頭くらいだな。

 身ごと出汁を取るという方法もあるが、それはもったいないだろう。普通に食べた方が良い。


「土地柄が出るなぁ、料理って」

「ああ、だから知りたいのさ。色んな料理をね」


 ふふっ、面白い小娘だ。

 ……こういう奴が跡を継いでくれるのなら、安心できるのにな。

 でも、そんな器で収まる女じゃないからこそ、彼女を好いているのかもしれない。


「それに米ってのが面白い食材だ。これと一緒なら味の濃い料理も食べやすい」

「王国全体に流通しているものじゃないけどな。ラウンドテーブルで聞いただけだけど、うちとかいくつかの地方でしか作られていないらしい」


 米というのは、パンや麺類に比べて主食としては少数派だそうだ。

 まぁ、ここで生まれ育ち、ここで死んでいく俺からすれば関係のない話ではあるが。


「そこら辺も土地柄って訳かい」

「そういうことだ。商会や教会、貴族とまぁ、それなりに王国全体を繋ぐものはあるが、遠いってことはそれだけ違いを生むのさ」

「となると色々回んないとダメそうだね、王国の料理を知り尽くすためには」


 そう笑う彼女の若さが羨ましい。


「かなり大変な旅路になると思うぞ? どうだ? うちで手を打たないか?」

「ははっ、そりゃ魅力的な提案だ。けど、あいつらがまだ旅をしたがるだろうしねぇ……」


 きっと今のバネッサの頭の中には、彼女の幼なじみたちが浮かんでいるのだろう。

 俺は見たことがないけれど、きっと良い奴らなんだろうなというのは分かる。


「それなら前にも話したが、早く旅に出ちまえよ。今のバウムガルデンは俺の人生の中でも一番危険だぞ」

「ふふっ、うちのバカどもがもう少し残りたいっていうからさ。私もまだ親父さんのところに居たいし」

「――けっ、そいつはどうも」

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