第23話
「ッ――ハァ……どう、かな? ボク、上手くやれてたかい?」
タルド・ブラックベリーことゴットハルト・グリューネバルト先輩によって明かされた絶望的な状況。
竜の腹中と化したグリューネバルトの屋敷、その中に貸し与えられた個室の浴場で、ボクはベティに語りかける。
「……大丈夫、だと思う。
クリス、お風呂入るの、交代でいいよね……?」
ベティの確認に頷く。この1週間、ボクらは特に一緒にお風呂に入ってはいなかった。
記憶喪失だから、お風呂の入り方まで忘れていないだろうかと確認した最初の1回だけだ。
「うん、それが一番、安全だろうから」
入浴中なんていう一番無防備なタイミングを狙われたらひとたまりもない。
だからボクらは交代でお風呂に入ることにした。ボクだって少しは戦えるし、ベティも一級の魔術師だ。
互いの背中を預けるには、申し分ない。
「先に入りなよ、ベティ」
浴室内の安全を確認してから、ベティに告げる。
何かが潜んでいたりしたら、彼女を弾除けに使ったことになる。
それは最悪だ。
「良いの?」
「うん、良いよ」
服の紐を解き、はらりと脱ぎ捨てるベティ。
その身体に傷が付いていないか? そんなことを気にして注視してしまう。
「大丈夫、今の私に傷はないわ」
「ん、ごめん……どうしても気になっちゃってさ」
すらりと伸びる細い四肢。
薄くて細くて、壊れてしまいそうなその身体にボクはドキリとさせられる。
(綺麗だなぁ……本当に)
指先から足の先まで、本当に完成された芸術だ。
白い背中に揺れる黄金色の髪が、本当に、ただ美しい。
「じゃあ、お願いね? クリス」
「うん、任せておいてよ。ベティ」
脱衣場で、浴室に入っていくベティを見届ける。
そしてボクは、意識を研ぎ澄ませながら、浅く溜め息を吐いた。
(敵の魔術式が、人に傷を付けて乗っ取ること。
そして、その能力が”竜魔法王ヘイズ・グラント”と酷似している。
だから先輩は、今回の敵をヘイズだと思っている)
先輩と別れて、屋敷に戻ってからヘイズ・グラントについては資料を徹底的に確認した。
確かに、身体の乗っ取りが最も得意な魔法であったと記載されていたし、やはり慈悲王ベアトリクスが最初に倒した敵がヘイズだった。
だとしたら、本当にベティのあの記憶は何なんだ? どうして、ヘイズに支配されていた、だなんて。
「……ごめんね、クリス。私のわがままに、付き合わせて」
周囲を警戒しながら、走っていた思考。
水音だけが聞こえる沈黙の中、ベティのか細い声が聞こえてくる。
「良いんだよ、ベティ――」
彼女の声には、あまりにも不安というものが滲んでいて、ボクは昔の自分を思い出してしまう。
そして、だからこそ思い出す。
そういうときのボクを勇気づけてくれた”あの人”の言葉を。
「――子供のわがままに付き合うのは、大人の仕事なんだから」
育てのお兄ちゃんが、何度も言ってくれたんだ。お前のわがままに付き合うのが、俺の仕事だって。
だからボクは、今のボクになれたんだと思っている、思っているんだ。
「クリス……本当に、ありがとう。目覚めて、出会ったのが貴女で良かった」
ベティの言葉に、じんわりと優しい気持ちが滲んでくる。
ボクは今まで、何度も守ってもらいながら生きてきた。
生みの母に、育ての兄に、故郷からアカデミアまでの旅を支えてくれたお姉さんに――
「ありがとう、ベティ。大丈夫だよ、必ずボクが、守ってみせるから」
――そして、だからこそ思う。今は、このボクが、守る側なんだ。
かつてのボクが憧れた人たちと同じ場所に、立っているんだと。
「……頼らせて、もらうわね。クリスティーナ」
扉の向こう側、精一杯の笑みで強がっているベティの顔が目に浮かぶ。
そうだ、これで良いんだ。
ボクへの罪悪感で押しつぶされたベティなんて見たくない。
「ああ、おやすいごようさ。ボクの背中は、大きいからね」




