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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
235/310

第15話

「……先に寝ていれば良かったのに、ロバート」


 アイザックの館、俺とクラリーチェに貸し付けられていた一室。

 そこでクラリーチェが戻ってくるのを待つ。

 デミアンたちに顔を出そうかとも思ったけれど、控えてしまった。何を話したらいいのか分からなくて。


「悪い、色々と話しておいた方が良いかと思って――」

「ふふっ、そもそも”また後で”と言ったのは私の方でしたね」


 外、雨音が響き渡って、逆に強い静寂を感じてしまう。

 ほんの少し前まで、ヴァン・デアトルと戦っていたのだと思うと、背筋が冷える。

 よく、生き残れたものだ。そして同時に彼自身を含め、何人もの人間が死んだという事実がどうしようもなく恐ろしい。


「……事の経緯は、お2人から聞きました。よく、無事で」

「ああ……その、クラリーチェ。お前はどこまで知っていた?」


 部屋の中、1つのテーブルを挟んで向かい合う。

 こうしてクラリーチェと一対一になるのは、とても久しぶりに感じる。

 それなのに話題がこれとは……。


「そうですね、吸血鬼というものの概要とザックの昔話くらいは。ですが、既に過去の話だと」

「……なるほど。2人はどうだった?」

「憔悴し切っていたといったところでしょうか。フェリシアさんが足を失くした経緯については聞いていますか?」


 クラリーチェの確認に首を横に振る。

 なんとなく察しはついているし、断片的には聞いているが、具体的に聞いたわけじゃない。


「……馬車の事故で。フェリシアさんがデミアンを庇ったと」

「それがヴァンの動機って訳か」

「ええ、その怪我以来、彼女は舞台を降りた。デミアンが脚本を務めた舞台を最後に」


 一緒に仕事をしたというのは、脚本の事だったのか。

 意外な才能だ。しかし、自分の憧れた相手が自分を庇って舞台を降りたとなれば……。


「――お2人とも、あの事故には思うところがあるようで、だからこそヴァン・デアトルを止められなかったのかと。

 なんと言いますか、強い自責の念を感じているようでした」


 やはり、そうなるよな……しかし、つくづく恐ろしい話だ。

 前に会った時まで普通の人間だった相手が、吸血鬼になっているなんて。

 今、この街にそうなってしまった人間がいったいどれほどいるのか。


「……アイザックの見立てだが”吸血鬼の血”は既に複数流通していると考えるべきだってさ」

「つまり、ヴァン・デアトル1人で終わる話じゃないということですね。

 彼だってあんなものを手に入れなければ真っ当な人生を歩むしかなかったでしょうに」


 そう、吸血鬼の血が複数流通していることによる恐ろしさはそれだ。

 普通ならただの人間として抱えたままやり過ごすしかない不満、悩み、過去、その全てを思いのままに変えられるんじゃないかと錯覚する。

 まともな人間なら選ばない方法を選んでしまう。強大な力ゆえに容易く人の道を踏み外す。


「それでだ、クラリーチェ。考えておかなきゃいけないことがある」

「……バウムガルデンを去るかどうか、ですかね」


 クラリーチェの確認に頷く。そしてしばらくの沈黙。

 強い雨音だけが部屋に響き渡る。


「――貴方の考えは?」

「正直なところ、どうすればいいのか分からない」

「ほう、てっきり貴方なら吸血鬼を倒そうって話をしてくるかと思っていました」


 随分と無茶な奴だと思われているな、俺は。

 いや、実際そうなのかもしれない。

 あの海でデミアンを助けたときのことを思えば、ここでデイビッドやアイザックと手を組んで吸血鬼をぶっ殺してやろうとなるのが自然なのかもしれない。


「……敵の実態が分からないからな。それに真正面から戦って勝てるかどうか」


 全身を凍り付かせてやってもなおヴァン・デアトルは立ち上がってきた。

 大雨が降り注いでいる好条件、こちらにとって完全に有利な環境で戦ってもあれだったんだ。

 では、晴れた日に水のない場所で戦ったらどうなる? 風の宝石を主たる武器にして俺はそこまで立ち回れるのか?


「なるほど。貴方でそう言うということは、5人がかりでやれるかどうかも怪しいですね」

「アドリアーノはともかくとして、ベルとバネッサに近接戦はさせられない。あいつらの作る傀儡は本当に危険だ」

「実質、私とアドリアーノと貴方で削り切れるかどうか。しかし、相手の再生力と傀儡という手札の多さを考えれば……」


 クラリーチェの言葉に頷く。

 真正面から戦えたとして勝てるかどうか危ういというのに、敵はどこにいるのかが分からない。

 こんなに恐ろしいことがあるだろうか。バウムガルデン領軍がどう対処するのかさえ心配になってくる。


「――ここを去る方が、賢明な判断なのでしょうね」


 そうクラリーチェが優しく微笑む。

 眼鏡の奥、彼女の視線がここまで優しげなのは久しぶりに見た。


「しかし、ロバート。どうにも私は賢明な人間ではないようだ」

「……お前、まさか」

「ふふっ、こう話している時点で私の答えは分かっているんでしょう?」


 なるほど。ここで残るという判断を下すか。クラリーチェ。


「……理由を、教えてくれないか?」

「アイザック・オーランドの手の内が見たい。これ以上の機会はありません。

 実際に貴方は見たのでしょう? 燃える鎧を、ブラッドバーンという存在を」


 ……まったく、これだから好奇心の塊は困るな。

 流石はクラリーチェ・ファンティーニ、流石は俺が見込んだ魔術師だ。

 偉大な先駆者と出会ったために、この危険を機会だと認識してしまっている。

 普段は見られない魔術を見られる絶好の機会だと。


「……くくっ、お前、頭おかしいんじゃないのか?」

「ふふっ、貴方が私を誘った時の言葉、覚えていますか?」

「自分と違う知識を持つ先駆者に出会いたくないか――だったよな」


 俺の確認に頷くクラリーチェ。


「まさに今こそがその時だ。これ以上はない。私はアイザック・オーランドから学べることは全て学び尽くしたい。

 普段の彼なら見せない彼の魔術式の底の底まで堪能できる機会は他にない。

 けれど、ロバート。これは私の欲だ。皆がここを去るというのなら止めるつもりはありません」


 流石はクラリーチェだ、本当に極まった答えを出す。

 では、俺はどうするべきか。

 クラリーチェが残るのならアドリアーノは残るだろう。考えるべきはバネッサとベルの兄貴の2人だ。

 彼らが何を望むか、それ次第になる。


「……俺は船長だからな、この場で答えを出すわけにはいかないが、明日にでも全体で話し合おう」

「ええ、残るのならこれからもよろしく頼みます。そうでないのならば、さようならですね」


 こいつに”さようならですね”と言われるのは2度目な気がする。

 この旅に誘った時にも言われたなと。

 そして、なんとなくだが、そうはならないような気がしていた。


「ああ。とりあえず、また明日に考えよう。店もある」

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