第14話
――吸血皇帝、ゾルダン・ノイエンドルフ。
”吸血鬼殺しのオーランド”にとっての宿敵であり、同時にイルザ・オーランドの父親。
彼の最大の特徴は、自らの血を容易く他者に分け与えること。
自己以外の吸血鬼が誕生することを恐れない彼は、教会時代において、この世界に吸血鬼の勢力圏を急速に拡大させていた。
「……つまり現役の頃の貴方とイルザさんは、自分の父親を殺すために吸血鬼を殺して回っていたと」
「イルザは憎んでいたんだ、自分の父親を、吸血鬼という存在を。そして俺は、そんな彼女に惚れていた」
随分、さらっと彼女への愛を告げるものだと思うがそれだけの深い関係ということなのだろう。
なるほど、2人の名字が同じなのは兄弟姉妹などではなく、夫婦ということか。
「だいたい600年くらい前か。吸血鬼殺しの名が盤石になってきたころだ。
さっきデイビッドが言っていたクロードとシオン、このバウムガルデン家の先祖に当たる奴らと共に吸血皇帝と戦った。
なんとか奴を討伐することはできたが、その戦いの中で俺は致命的な傷を負い、イルザは俺に血を分け与えた」
……そういう経緯か。
生まれながらに吸血鬼の血を引くイルザという人はともかく、アイザックという男までもが吸血鬼の力を持つと言われる理由は。
「それで実際、察知していたんですか? 吸血皇帝の復活を」
「……ああ、気配のようなものをイルザが感じ取った。だから今、彼女はここにいない。
そして、それが吸血皇帝かは不明だが”吸血鬼の血”が流通し始めていることは掴んでいる」
アイザックの表情が苦々しいものへと変わる。
「……しかし、まさか、既にバウムガルデン内部に入り込んでいるとは思っていなかった。
私の落ち度だ。ヴァンを、救えなかった、あいつが殺めた人々も死ぬことはなかったのに……」
その声を聞いていれば分かる。彼は心底悔やんでいるのだ。
売買されている吸血鬼の血、それを自らの領民が手に入れてしまったこと、それを防げなかったことを。
「――あれは既に人の道を外れた外道。貴方が悔やむことでもないでしょう」
「違うな、デイビッド。法外な力を手に入れることさえなければ、ヴァンもあのように道を踏み外すことはなかった。
……吸血鬼の血なんてものさえなければ、彼は彼の青春を全うし大人になっていはずだ。痛みを抱えたままだろうが、人の道を歩んでいた」
フェリシア・マーガレットという焦がれた女優の引退。
その原因である事故、そこに思うところを抱えながらであろうとも、彼は彼の人生を全うしていたとアイザックは考えている。
吸血鬼の血さえなければ、あんな力を手に入れることがなかったのならば。
「……憎むべきは、血を流した者」
俺の言葉に、アイザックは静かに頷く。そしてデイビッドも。
「あのような力がなければ、人の道を踏み外せはしないというのは事実。
ならば叩き潰すべきは、その根本。おそらくそれが俺の求める仇そのものだ」
「――ゾルダンの、吸血皇帝の最も恐ろしいところは、他者に取り込むのが異様に早いことだ」
そう言ったアイザックが静かに紅茶に口をつける。
「これは私の直感に過ぎないが、ゾルダンが直接にヴァンに対し血を渡したとは考えていない。
彼の協力者、いや、単純に彼の血を買い、売っている者がいると考えている。
……つまりだ、この街は既に、いつどこで吸血鬼に出会ってもおかしくはない状況に陥っている」
そのような危険を遠ざけるためには、この街を発つしかないということか。
「……そういえばアイザック、貴方はどうして俺たちを助けに来られた?」
「吸血鬼がその力を行使したとき、それを探知できるように魔術式を巡らせている。この街全体に。
しかし、所詮はヴァンの動きを今の今まで察知できなかった欠陥品だ」
傀儡を作る程度では探知できないということか。
つまり、俺やデイビッドのようなある程度は戦える人間が吸血鬼と争わなければ、探知できるほどの力の行使にならない。
「――その術式で吸血鬼の発生を探知することはできない」
「そういうことになる。血を辿るためには、まずはヴァンの交友関係から調べるしかない。
おそらく、長丁場になるだろう。街に厳戒態勢を敷く必要も出てくる」
深い溜め息を吐くアイザック。
「そして最も都合の良い時に、奴が動くのだろう。今回の仕掛け人がゾルダン・ノイエンドルフであるのなら」
「……俺は、その時を待たせてもらう。何かを知ればアンタに情報を入れよう」
「良いだろう。私も君と情報交換することはやぶさかではない。いつでも訪ねてきてくれたまえ」
デイビッドがアイザックを名指ししたということに何かしらの他意を感じる。
なんだろう。領軍やバウムガルデン家を通したくないということか?
いや、それ自体なら当然の話ではある。せっかくアイザックと個人的な繋がりを持てたところで他者を噛ませたくはないだろう。
「それでだ、ロバートくん。ここまで話したことが今のバウムガルデンの現実だ。
我々は敵の実体さえつかめてはいない。旅人である君たちが、ここに留まる義理はないと思っている。
ただ、もしも君たちが残るというのなら、それだけでとてもありがたいことだ。吸血鬼と戦える人間が多いほど、私の術式が作動する可能性は高まるのだから――」




