第12話
「最後通告だ、ヴァン・デアトル。今、降伏するのなら――」
アイザックの言葉を前に、ヴァンは深い溜め息を吐いた。
その吐息は、白い息となって雨に掻き消されていく。
「……許してくれるというのか? 貴方が、私を許そうというのか」
何処かに雷が落ちた。強烈な光と音、それに乗じるようにヴァンは動き出した。
まず、その姿を影に溶かし、次の瞬間に傀儡の1人を使ってフェリシアを攫おうとする。
しかし4体に増えたブラッドバーンは傀儡がフェリシアの腕を掴むよりも先に、それを始末してしまう。
そして、このまま逃げ切るかと思われたヴァンの方も。
「――ヴァン、悪いが今の君を逃がすつもりはない」
アイザックの魔術式が発動した。
その杖から光で描かれた術式が広がり、影に溶け込んでいたヴァンの身体を固定する。
「ッ……アイザック!」
「降伏するんだ、ヴァン! 今なら悪いようにはしない!」
そう告げるアイザックの瞳には、傀儡にされた人間が燃え果てる様も映っていた。
……少なくとも目の前のヴァン・デアトルという男は、5人以上の人間を手にかけている。
そんな男に対し、まだアイザックは温情をかけようとしているんだ。
「ッ――!!」
ヴァン・デアトルの回答は、単純明快なものだった。
全方位に向けて血液の弾丸を放ったのだ。
フェリシアにこそ当たらないようにはしているものの、それ以外の誰もを狙っている。
狙いはひとつ、アイザックに手数を使わせること。逃げの一手だ。
「ッ……ヴァン!!」
『――言ったよな? アイザック。殺さないのなら、我々を引き下げることだと』
血の弾丸を受けたブラッドバーンたちは、その刃をヴァン・デアトルに向ける。
もはやアイザックの指示で止まることはないだろう。
アイザックに対しての最後通告を、この炎の戦士は今、済ませた。
「来るかよ……ッ!!」
距離を詰める複数のブラッドバーン。
自らの身を守るためにヴァンは、さらに複数の傀儡を呼び出す。
……こいつ、いったい何人殺したんだ。何人の血を吸った?
『フン、吸血鬼というのは、つくづく芸がない――!!』
「……そいつは、どうかな?」
ブラッドバーンの刃が届きそうな一瞬、傀儡がその身体を逸らす。
寸前のところで刃を避けた傀儡は、そのまま炎の鎧にしがみついて、その身体を破裂させた。
その身体を用いた血の爆弾は、ブラッドバーンの1体を破壊してみせる。
『ハハッ、前言撤回だ。お前、面白い奴だな――』
ヴァン・デアトルの奇策を前に、炎の鎧はケタケタと笑い声をあげる。
そこからの戦闘は、異様なものだった。器用に傀儡を自爆させて、ブラッドバーンの数を削るヴァンに対し、その刃を近づけていく炎の鎧。
そんな戦闘を見ていて理解した。ヴァンという男は、自らの力を理解するために多くの人間を使ったのだ。
だから、傀儡を自爆させたり、傀儡の血を使った弾丸という特殊な攻撃を行える。それほどまでに知り尽くしている。
血を飲んだのが最近だとすれば、短期間であれほどまでに自らの力を理解していること自体が異常なんだ。
「……どうしてだ、どうして、抵抗した?」
競り勝つかと思った。
ヴァン・デアトルは、ブラッドバーンという怪物に対し、競り勝つのではないか?
そう思わなかったかと言えば嘘になる。しかし、決着がついてしまえばそれはあっけないものだった。
「ッ……俺は、アンタに、従うつもりなんてなかったからさ」
そう答えるヴァンに対し、アイザックがその歯を噛み締めているのが分かる。
きっと彼は考えていたはずだ。ブラッドバーンを下げるべきかどうかを。
しかし、ヴァンが自らの傀儡を巧みに操り抵抗を続けたことが、彼に炎の鎧を引き下げるという判断を許さなかった。
「そもそも、俺は認めてないんだよ、フェリシアを見捨てたお前らなんか。
だから、お前に許すとか、許されないとかじゃないんだ。俺は、そもそもお前を許していないんだから」
自らの傷口、そこから広がり始めた炎を見つめ自嘲するヴァン。
力なく立ち上がった彼は、静かにフェリシア・マーガレットへと向き直る。
「――ああ、すみません。貴女を救うことが、できなかった」
死に行く男の壮絶な姿に、返す言葉もなかった。
俺は、何を言うこともできなかったし、それは他の人間も同じだろう。
ただ1人、フェリシア・マーガレット当人を除いては。
「っ、ヴァンくん……」
きっと、彼女もどのような言葉をかければいいのかなんて分かってなどいなかった。
人殺しと糾弾するべきか、歪なれど自らに向けられた愛情を受け取るべきか。
否定か、肯定か、何を告げればいいのか。死に向かう彼にかけるべき言葉は何なのか。
その答えを彼女も見つけてはいなかったのだろう。それでも、彼女は、彼の名を呼んだ。
「……ああ、私のプリマ・ディーヴァ。いつか貴女が再び舞台に上がることを、祈っています」
一歩だけフェリシアに近づく、ヴァン・デアトル。
そして、自分自身に彼女の元へと近づく体力も残っていないことを理解したように彼は、その場で跪いた。
「……願わくば、その時には私のことは、忘れていただきたい」




