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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
228/310

第8話

 ――つい先ほどまで、吸血鬼の話をしていたからだろうか。

 デイビッドの復讐心を、執念を聞いていたからだろうか。

 賢人アイザックの本来の異名を、吸血鬼殺しの名を聞いてしまったからだろうか。


「ッ――待て。フェリシア!」


 いいや、違う。今、俺が感じているこの寒気は錯覚などではない。


「え? デイビッド……?」


 きっとデイビッドも感じ取ったのだ、この強烈な寒気を。

 だから彼は距離を詰めた。少し先を歩かせていたフェリシアとデミアンへと駆け寄った。

 しかし、なんだこの寒気は……。


「――2人とも、俺の傍から離れるな。

 おい、ロバート! お前は自分の身くらい守れるんだろう?!」


 デイビッドの言葉に頷く。

 しかし、なんだ、この気配は……いったい俺は何を感じ取っている?


『……ロバート』

「ドロップ……分かるか?」

『うん。分からないけど、分かる。凄いのが来る。リーチルとは違う、もっとこう、良くないものが』


 強い風が吹いた。分厚い雲間から月明りが闇を照らした。

 その光の先、つい先ほどまで影だった場所に男は立っていた。

 漆黒の外套に身を包み、真紅の花束を手にした男が。


「――ほう、良い護衛を雇っていらっしゃるようだ。流石はフェリシア・マーガレットさん」


 月明かりが男の顔を照らす。

 その瞳が、不自然に、赤く輝いたように見えた。

 クリスの姉ちゃんのような自然な赤とも、シェイナ様のようなアマテイト神官の赤とも違う、濁った赤色に。


「……ヴァン、くん」

「よく覚えていてくださった。貴女にとっては、有象無象に過ぎない、たった1人の観客を」

「お茶会に、何度も来てくれたからね……お店にも来てくれたし。どうしたの? 今日は。こんな夜道で」


 これは俺の予想だが、きっとフェリシアさんの家はここら辺なのだろう。

 だからこのヴァンと呼ばれた男は、彼女を待ち伏せしていた。

 デイビッドが気付かなければ、恐らくフェリシアが1人になった後、家の中に入った後を狙ったはずだ。


「いえ、貴女に送りたいものがありましてね」

「……その花束? お店に来てくれれば良かったのに」

「いいえ。これはただの添え物に過ぎませんよ。本命はもっと素晴らしいものだ」


 フェリスに近づこうとするヴァンを制するように彼女の前に立つデイビッド。


「おっと、それ以上近づかないでもらおうか」

「……なぜ? 私は、彼女に贈り物をしてはいけないのかな」


 静かに睨み合うデイビッドとヴァン。


(……あいつだよ、ロバート。凄まじいのは、あの男の人だ)


 俺が感じ取っていた寒気。その正体が彼であることは察しがついていた。

 姿を見てしまえば、それは寒気ではなく恐怖に変わった。

 ”目の前の相手に恐怖せよ、決して侮るな”と本能が俺に警告をしてくれているのだ。

 そして今、ドロップが俺の直感を裏打ちした。


「……ああ、いけないね。だってお前、もう人間じゃないんだろう?」


 デイビッドが確信を持って告げた言葉、それを口にした瞬間だ。

 月は再び雲に隠れ、周囲は深い宵闇に落ちる。

 そして、強烈な雨が降り始めた――ただその中でヴァンという男の瞳だけが、どす黒い赤に輝く。


「ダメかな? 人間を超越した私が、彼女に贈り物をするのは――」

「……ッ、何が、人間を超越だ。お前、飲んだんだろう? 吸血鬼の血を!」

 

 デイビッドの問いに、男は口元を釣り上げる。


「ああ、素晴らしいものを手に入れたと思っているんだ。

 フェリシア・マーガレット、これで貴女を癒せる。貴女の失くした右足を、この私が治してみせよう。

 安心してほしい。もう試したんだ。人間の足を、造り直せるのかをね」


 ヴァンの瞳は、デイビッドの向こう側にいるフェリシアのことしか見つめていなかった。


「……ああ、私のプリマ・ディーヴァ。貴女は、こんなところで立ち止まっていい人間じゃない。

 あの輝かしい舞台の上で、華を開かせなければいけないんだ」


 ――狂信者と呼ばれる類いの人間であることは理解できた。

 いいや、もう人間ではないか。

 デイビッドの言葉、ドロップの感覚、俺自身の本能、全てがあれはもはや人間ではないと告げている。


「……ヴァン、デアトルくん、君はいったい」

「ぁあ、本当に嬉しいな。フェリスさん。貴女が私の名をすべて覚えていてくれたなんて」

「……ッ、君は、いったい何をしたの、何になったの……?」


 フェリシアの視線を一身に受け、ヴァン・デアトルが笑う。

 その表情を見ているだけで、真実に歓喜していることが分かる。

 打算など存在しない、本当の喜びを感じているのだと。


「――私は人間を超えたんです。貴女が失ったものを、取り戻すために」


 フェリスに対し、うやうやしく答えた後、ヴァン・デアトルはデミアンへと視線を移す。

 その視線には強い軽蔑の色が見えた。


「なぁ? デミアン・リースマン、お前が彼女に失わせたものを、俺が取り戻してやろうというんだ」


 ッ……?! どういうことだ、なぜここでデミアンの名前が出てくる?

 いったい何があった、目の前の吸血鬼は何を知っていて、何を考えているんだ……?


「ッ――なるほど。そういうこと、か」

「私の目的は分かったようだな。ならばリースマン、君は隣の男を止めていてくれないかな?

 彼女の足を、私が治そうというのだ。それを助けるのは、彼女に足を失わせた君の責務だと私は考えるが君はどうだ?」

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