第7話
「いやぁ~、ありがとうね。2人とも。閉店まで。
それに氷をみんなに振る舞ってくれたのは助かったよ」
酔いも回って最初の時よりもさらに気さくになったフェリシアさんが礼を言ってくれる。
そう、俺とドロップで店にいた客全員に氷を造ってやったのだ。
場の流れというのもあったし、それを不快にさせずに俺たちに頼んでくれたフェリスさんの人柄に乗せられたところが大きい。
「――店長、自宅までお送ります」
「ああ、デイビッド。大丈夫だよ、私は」
「いいえ、貴女の身に何かがあったらオーナーに合わせる顔がありませんから」
閉店まで店にいた物静かな店員、というよりも用心棒の類いに見える黒髪の男。
彼がフェリスさんに話しかけていた。
今日のところ、初めて声を聞いた気がする。
「……もし、どなたか家に連れていくのでしたら、その方も一緒に」
「いかないよ~、変に気を遣わなくていい……いや、そうだね、じゃあ2人のこともそれぞれの家まで送って行ってもらえる?
追加で少し払うからさ。ロバートくんのおかげで今日は凄かったし」
デイビッドという男も随分と下手な気の遣い方をするものだと思いつつ、まぁ、デミアンとフェリスさんはそういう関係ではないのだろうとも思う。
そこまで進展しているようには、なんとなく思えなかった。
「それは構いませんよ。お2人とも、よろしく頼みます」
物静かな印象を受ける用心棒に連れられ、俺たちは外に出た。
すっかり日の落ちた空は、それでも、綺麗な星空ではなく厚い雲に覆われていると分かる。
今にも雨が降り出しそうな、嫌な天気だった。
「――遠い島から来られたそうですね、貴方は」
「知っているのか。俺のこと」
「ふふっ、この街にいて氷菓子スノードロップを知らない人間はいない。今日の氷は美味かった」
……へぇ、酒も飲んでないような雰囲気だったが、こいつも飲んでいたのか。
それでいて表情が全く変わっていないように見えるのはすさまじいな。
俺もデミアンも顔が赤くなっていて、外の冷えた空気が心地いいくらいなのに。
「そういうアンタは、どういう経緯でこの街に? 出身かい?」
「いや、ちょっと探し物をしに来てね。仕事を探してたら、ここのオーナーに出会った」
「それで用心棒か。いったい何を探している?」
こちらの問いを聞き、静かに笑みを浮かべるデイビッド。
……少し先を歩くフェリシアとデミアンを2人きりにしてやるのにもいい機会だ。
今はこの男と話し込みたいと思う。
「――吸血鬼を、探している」
吸血鬼、それ聞き覚えのない単語だった。
アカデミア教会で新聞というものを読むようになってから、魔法や神官、貴族という単語を知った。
しかしいったいなんなんだろう、吸血鬼とは。
「知らないみたいだな。バウムガルデンに来たというのに」
「……関係あるのか? この土地が、吸血鬼に」
「ふふっ、吸血鬼殺しの伝説を知らないのか。”吸血鬼殺しのオーランド”を」
吸血鬼殺しという単語には全く心当たりがなかった。
しかし”オーランド”という言葉には心当たりがあった。
だが、あり得るのか……? 俺の知るオーランドは、そんなものじゃないはずだ。
「――教会時代の間、吸血鬼が最も栄えた闇の時代を切り開いた2人の英雄。
イルザ・オーランドとアイザック・オーランド、アイザックの方は見たことがあってもおかしくはないはずだ。
見ればすぐにそれと分かるだろうし、忘れられるはずもない」
やはり、アイザック……あの賢人アイザックだというのか。
彼が”吸血鬼殺し”だと? クラリーチェとあんなに気さくに接してくれているあの兎さんが?
そんな物騒な異名を持っていたなんて。
「……知ってる、アイザックの方は。店に来てくれたこともあるんだ」
「しかし、彼の伝説は知らなかったようだな」
「――なぁ、デイビッド。アンタはどうして吸血鬼なんて探している? どうしてここに?」
問いかけたこちらを見つめるデイビッドの瞳。
漆黒の瞳が、まるで暗闇のように見えた。この宵闇よりも深い闇の底のように。
「……殺されたんだ、仲間を。その仇を取らなければいけない。
吸血鬼ならば吸血鬼殺しの力を求めると思ったし、目標が来なかったとしても、吸血鬼を殺す技術を手に入れられると思った」
吸血鬼が”吸血鬼殺しの力”を求めるという意味が理解できなかったが、何かしらの理由があることは察しがついた。
恐らく歴史を紐解けば理由が分かるのだろう。
それよりも俺が気がかりだったのは、彼の仲間が殺されたということだ。
「……殺された? いつ、どこで?」
「なに、ここからは遠い場所さ。しかし奴はまだこの王国に生きているだろう」
「アンタは、その仇を取るために……」
こちらの言葉に頷くデイビッド。
しかし、仇討ちのために単身見知らぬ土地に辿り着いて、そこで新たな仕事まで見つけるとは。
なんという執念の男なのだろうか。
「ただ、パール・ヴァロールというのは良い店だ。あまりに心地よくて、本来の目的を忘れそうになる」
暗闇のような瞳が、優しく微笑む。
「だから初対面のアンタに色々と話してしまった。初心って奴を忘れないように」
「……忘れないつもりなのか、仇の吸血鬼を倒すまで」
「ああ。あいつらは、自分の血で人間を吸血鬼に変えるし、血を吸えば人間を傀儡に変える。殺すしかない存在だ。どうしようもなく」




