第5話
――パール・ヴァロール、それがデミアンが招待してくれた店の名前。
正直なところ、酒場という場所自体に詳しい訳じゃないが、ここが上品な店であることは分かる。
優しい明かりが灯るその場所で、俺とデミアンはブランデーを楽しんでいた。
「しかし、みんな凄いよね。この短い間にそれぞれ別の居場所を見つけ出してる」
「ああ。店がなかったらもう寝床が同じだけになってるか、寝床さえ別になってるだろうな」
店さえなければクラリーチェあたりは、アイザックの館に転がり込んでそうな気もする。
「寂しくないの? 船長はさ。自分で誘った幼なじみなんでしょ?」
「……正直、少し寂しい。ただ、あいつらを誘った時からなんとなく予想していたことでもある。
あいつらは、島の外でも生きていける連中、そこに楽しみを見つけ出す奴らだって」
特にクラリーチェとバネッサはそうだと思っていた。
機械魔法に料理。それぞれに進みたい道を持っている彼女らは。
逆に心配なのはアドリアーノとベルの兄貴だ。
特にベルの兄貴は、マリア姐を探すことを最大の目的にしているのだ。だから今、何をやっているのか心配になる。
アドリアーノの方はどこで何をしているのか想像もつかない。妙にはぐらかしてくるってことは、何かはやっているんだろうが。
「それを見越して誘ったから、自分の手元に置くようなことはしないと?」
「うん。あいつらと俺は仲間だが、あいつらの人生はあいつらが決めていくものだ。
バウムガルデンを去る時、ここに残る奴が居たとして、俺はそれを止めるつもりはない」
逆にバネッサの奴が、次はどこに行くつもりなのかを聞いてきたのが意外だった。
彼女こそルティという少年とともに、ここに留まるような気がしていたから。
クラリーチェの方は恐らくではあるが、アイザックから吸収できることを吸収したら別のところへ行こうとするだろう。
アドリアーノはクラリーチェについていくだろうし、ベルの兄貴はマリア姐の情報を得るまで動き続けるはずだ。
「……なるほど。どうして君が船長なのか分かる気がするよ、ロバート」
「別に、俺が言い出したからってだけさ。外に出ようって先陣を切ったのが俺だったから、俺が船長なんだ」
俺の人格がどうとか、そういう話じゃない。
もし、俺が居なかったのならあいつらが島の中に留まっていたのかどうかは少し気になるところだが。
「でもさ、ロバート。君自身はバウムガルデンに残りたくないのかい? 誘われているんだろ? アマテイト教会に」
流石に耳が速いな、デミアンめ。
「新聞を編纂した教会史の作成を手伝ってくれないかって、シェイナさんに」
「彼女は、教会の中でも最も歴史資料に詳しい神官様だ。あの若さでね。
あの人に誘われるってことは本物だし、そういう生き方をここで続けることもできると思う」
――改めて他人の口からそう言われると重みを実感する。
バウムガルデンでの生活が始まってから、アマテイト教会が作っている新聞というものを毎日読みに行っていた。
その中で、シェイナ・アマテイトという神官さんに誘われるようになったのだ。
俺自身、冬の島にある書物の管理を行っていた経験を悟られたのだと思う。
「……それは、そうなんだが」
「不満? 外に出るからにはもっと別のことをしたい?」
「それもあるし、元々俺が外を目指したのは、見つけたい人が居るからなんだ」
グラスの中の酒が揺れる。
「……マリアンナさん以外に、たまに話してる人だよね。
ひょっとしてあれかい? 竜に乗って虹色の宝石を渡してくれたって人?」
よく覚えているな、リーチルに向けて話していたことを。
それ以外にも俺とスノードロップ連中の会話で出てきているのもよく聞いている。
「ああ、そうだ。俺は言われた、大きくなった俺のことを待っていると。
あの人と出会ったからこそ、スカーレット王国に憧れた俺が居る」
「竜に乗っているってあたりでもう想像がつかないんだけど、名前とかって知っているの?」
デミアンの言葉に頷く。
「……クリス、ウィングフィールド」
「聞いたことがないな……アカデミアに帰ったら少し調べてみるよ」
「悪いな。次に会うのがいつになるのかも分からないが」
”君たちがまだバウムガルデンにいるのなら、冬には会えると思うけど”と続けるデミアン。
そう、問題は俺たちの方だ。バウムガルデンにいつまで留まるか。
新天地に向かうとして、そこはどこか。まだ何も決まっていないのだ。
「っ――――」
お店の扉が揺れる音がした。
鈴の音が優しく揺れて、デミアンの表情が変わったのが分かる。
それほどまでに今、入ってきた人物は彼にとって重要な人なのだろうな。
「こんばんは。遅くなっちゃったかな?」
お客さん全体と、他の店員さんに向けて挨拶する女性。
いったいどういう人なのかは分からなかったけれど、彼女の纏う空気は普通じゃないのは分かる。
上品な白い外套を身に纏い、柔和な笑みを浮かべるその人は、端的に言うと華があった。
(……義足か、右足は)
ロングスカートの皺を見ていると、察しがついた。
それで歩き方がどこか不可思議だった理由も分かった。
……しかし、義足であれほどまでに高貴な空気を纏えるのも尋常じゃないな。
「なぁ、デミアン、あの人は?」
「……えっ、ああ……彼女はここの店長、フェリシア・マーガレットさんだよ」




