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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
第2.5章
220/310

第20話

「……ここがヒースガルド領かぁ」


 ちょっとした長旅の果て、乗合馬車から降りたところでクリスちゃんが呟く。

 季節は巡り、冬が始まってしばらく。

 アカデミアよりも南だから雪が降るにはまだ早いだろうが、雪を連想をしてしまうくらいには今日は寒かった。


「本当に良かったの? クリスさん」

「ん? リオナちゃんに聞かれるようなことあったっけ……?」

「……うーん、真面目に聞き返されるとあれなんだけど、兄さんはともかく私まで一緒で良かったのかなって」


 そう、私たちは今、ヒースガルド領に来ていた。

 クリスちゃんとリオナ、そして私の3人で。


「良いに決まってるよ~♪ むしろ2人とも一緒に来てくれて本当に嬉しい」


 言いながらリオナの腕を引くクリスちゃん。

 私もそれに着いていく。

 ……リオナがこうして他人に触れられることを許しているのを見るのは嬉しいことだ。


「――でも、ボクの方こそ本当に大丈夫でした? 誘い方とか強引じゃなかったかなって」

「ああ、前の配達のおかげで結構儲かったからね。その恩返しには良い機会だよ」

「それなら良かったです。せっかくなんで皆で来たかったですからね。できればリリィさんにも来て欲しかったんですが」


 彼女はどうしても長期の休みが取れないと言っていたな。

 まぁ、仕事が仕事だからしょうがないだろう。

 けれど私たちの方もよく上手いこと店を閉められたと思う。

 クリスちゃんが受けた取材でライオンの名前を出してくれたおかげで少しだけお客さんが増えたのもあって小金があったおかげだ。


「しかしロナルドも律儀な男だよね」

「ええ、まさか新馬のお披露目になるライドレースに呼んでくれるとは思っていませんでした」


 レフコース引退後、ロナルドが参加する初めてのライドレース。

 深い相棒関係だった愛馬に別れを告げてからの、最初の試合となって注目度が桁違いだった。

 ロナルドは、そんな試合に観客としてクリスちゃんを誘ったのだ。

 そのクリスちゃんが私たちを誘ってくれて、このヒースガルド領までの旅行をすることになったのだ。


「しかも宿まで用意してくれるとはね」

「ヒースガルド家に宿泊なんて、本当に大丈夫なんですか? クリスさん」

「うーん……いや、大丈夫だと思うよ? 流石に何かあるってことはないだろうし」


 一瞬クリスちゃんが考え込んだのは、ロナルドが末子だと話していた事なんだろうな。

 家の中での立場が危ういのか、あるいは危うかったのか。

 それが過去形であれば、特に心配する必要はないが、現在もそうなら客人を招いて大丈夫なのか?という心配なのだろう。


「――おお、君たちがロナルドの言っていた客人か。遠いところからよく来たね」


 ヒースガルド家の門を叩き、使用人に案内された先。

 そこはライドレースの練習場で、敷地内にそんな場所があることに驚いている暇もなく、服装だけで最も偉い人間だと分かる壮年の男性に声をかけられた。

 ……これは直感だが、彼がロナルドの父親、このヒースガルド家の領主なのだろう。


「クリスティーナ・ウィングフィールドと申します。ロナルド殿下にはとてもお世話になっています」

「おお、君が噂の……今回は君の走りが見れなくて残念だ」

「それについては申し訳ありません。私は専業のライドレーサーではないもので……」


 クリスちゃんに軽く気にしないでくれと伝えながら、壮年の貴族は、こちらを見つめてくる。


「君たちが彼女の友人たちか。前回の試合も見ていたそうだね」

「ええ、ライオネル・コフィンと申します。こちらは妹のリオナ。両親の仕事柄、少々不吉な名字ですが、ご容赦を」

「いいや、それも重要な仕事だ。おっと、自己紹介が遅れたな――私は、ロードリック・ヒースガルド。ロナルドの父親で、ここの領主を務めている」


 ……意図的に自分の紹介を、最後に持ってきただろうに。

 いいや、そういう振る舞いが身体に染みついているのか。

 どちらにせよ、ロナルドのように露骨なギラつきはないが、貴族としての振る舞いを身に着けている男なのは間違いない。


「陛下、ロナルド殿下は今、練習中ですか?」

「そうだ。ちょうど良いところに来たよ。今から1周するんだ」


 ――ロードリック陛下がそう言ったところでコース上にロナルドが現れる。

 あの白馬・レフコースではなく、栗毛色の馬に跨ったロナルド・ヒースガルドが。


「……貴重なところに立ち会えそうで」

「ああ、私に見せてくれると言うからね。仕上げてきているはずだ」

「試合も明日ですしね」


 クリスちゃんはよくこれだけ威圧感のある人間と会話ができるものだなと思いつつ、私は口を閉じておく。

 何を話してもロクなことにならなそうだからというのと、特に話すこともないからだ。

 リオナもリオナで私と同じ方針らしい。


「――ふむふむ、なかなか。君はどう思った? クリスティーナ」


 私の目から言えば、レフコースの時ほど仕上がっていないように感じる。

 速度こそ同じに見えるが、走りに安定感が欠けている。

 しかし、自分がどう感じているかを明かすことなくクリスに話を振るとは、この男、かなりの曲者だ。


「そうですね、老成していたレフコースに比べれば完成度は劣るところはあるかと。

 しかし、見たところ若い馬だ。馬力自体は優っているようにも見えます。

 あとは2人の連携と、場数の問題かなと」


 ロードリックからの質問に対し、臆することなく答えてみせるクリスちゃん。

 そんな彼女を前にロードリックは静かな笑みを浮かべた。


「素晴らしい。良く見えていることはそれ自体が能力だ。ロナルドが君に惚れ込む理由が分かった」

「……恐縮です。まだ実戦前ということで不安に見えるところもあるとは思いますが、近いうちに彼は全盛期以上に持っていくと思います」

「ありがとう。私も息子のことをそう信じている」


 2人の会話が終わった直後、栗毛の馬にまたがったままロナルドが近くまで来てくれた。


「――全盛期以上か。言ってくれるな、クリスティーナ」

「貴方にはそう言わなきゃ失礼かなって。そのつもり、なんでしょう?」

「つもりはつもりだ。だが、どうも難しいな。俺はあいつに頼り切っていたのだと実感させられているよ」


 馬から降りて、自分の父親に軽く礼をするロナルド。


「父上、ご覧の通り俺はまだまだマローネの力を引き出し切れてはいません」

「そのようだな……いつまでに仕上がる?」

「実戦を明日含め3回、その間には必ず――」


 父親の前で虚勢を張らなければいけない有り様を見ていると、少しあの日のロナルドが言っていた言葉の意味が分かった気がした。

 所詮は貴族の末子だという言葉の意味が。


「――しかし、あなたも大変ですね。ロナルド」

「何の話だ?」


 練習場から場を移してしばらく、ロナルド含めて4人になったところで私は口を開いていた。


「父上の、家族の前でまで虚勢を張らなければいけないとは」

「……フン、慣れた話さ。実際、こういう場所に生まれていなければ今の俺はないからな。

 しかし、そうだな……正直なところを言えば少し不安だ。今までずっと俺の傍にはレフコースがいてくれたから」


 珍しいこともあるものだ。あの男が、こんな弱気な態度を見せてくるとは。

 でも、彼がそう言う理由はよく分かる。

 正直なところ私ならこんな生活は御免だ。


「……それとクリス、よく来てくれた」

「急な呼び出しだったんで日程をつけるのが難しかったですよ。どうしてレースが決まった直後に招待してくれなかったんです?」

「少し気が変わってな。最初は呼ぶつもりはなかった。来てくれるとも思っていなかったし」


 儚げな瞳をしているロナルドが、やけに美しく見えた。

 男が男に感じるものではないのだろうが、今の彼には独特の色気があった。


「……いったい何があったんです?」

「なに、マローネという新しい馬に乗って分かったんだ。俺の力はレフコースの力だったんだって。

 たぶん明日、俺は負ける。少なくとも1位は取れないはずだ」


 ――本当にらしくないことを言っているな、彼は。


「珍しいですね、そんなに弱気だなんて」

「なに、自分の実力と周囲の実力が見えていないほど盲目じゃないってだけさ」

「でも、どうして負け戦に呼んだんですか?」


 クリスちゃんの質問に笑みを浮かべるロナルド。


「俺が負けるところを見ていて欲しかったから、かな。

 レフコースに乗っていたころの俺は完璧だった。それに負けたくらいで”俺に絶対に勝てない”と思っていて欲しくないなと考えたのさ」

「……本気でボクをライドレースの世界に引き込みたいんですね、あなたは」


 クリスの言葉に笑みを返すロナルド。


「ああ、本当の俺の力を知ったうえで考えて欲しかった。無用に俺を強大な壁だと感じる必要はないと。

 そしてこっちの道に戻ってきたときに後悔させたかった。今回のレースに参戦していれば、俺に勝てたのにってな」

「……別に、本調子でないあなたに勝とうが負けようが、後悔はしません。そう思うくらいならボクは既にコースの上に出ていますよ」


 クリスちゃんはクリスちゃんらしい答えだ。

 しかし、私は気に入らなかった。勝負を前に、こんなに弱気になっているロナルドが。

 私があの日々に見たロナルド・ヒースガルドは、こんなものではなかったはずだ。


「……ロナルド。周囲の予測なんて簡単に裏切るものなんじゃないですか? ライドレーサーって」

「お前、よく俺の言葉を覚えていたな……」

「ええ。貴方の言葉に感銘を受けましたから。そしてあの日のクリスは確かにライドレーサーだったとも思っています」


 一瞬ばかりクリスちゃんに視線を送る。

 あの日、私が感じた想いを今一度、彼女に伝えるために。


「それでだ、ロナルド。貴方は、貴方の予想を裏切らないのか? ライドレーサーであろうとしないのか?」

「ッ……お前、言ってくれるな――」

「無礼は百も承知。ただ、あの日にクリスを負かした貴方がこの程度で戦う前から膝をついていては落胆もするのです」


 彼の瞳を静かに見つめ返す。


「――きっと、俺を愛してくれている観客たちもお前と同じことを言うんだろうな。今の俺を見たら」


 自嘲気味に笑うロナルド・ヒースガルド。

 けれど、次の瞬間にはあの日々の鋭利な視線を取り戻していた。


「お前に言われて目が覚めた。明日は勝ってやる。よく見てろ」

「そう来なくては。1人の観客として楽しみにしています」


 そんなやり取りを終えて、ロナルドが一時席を外す。

 その一瞬だった。クリスちゃんがボソリと呟いたのは。


「……眩しいですね、勝負師というのは。しかもそうあり続けるということは」

「もしかしてライドレース以外にも、そういう経験が?」


 彼女の言葉を聞いて、ふと、そんなことを思った。

 私はそんな疑問を直接ぶつけていた。


「……故郷にいたころに少しだけ。

 ここまで大掛かりなものではありませんでしたが、大会に向けて自分を仕上げていくということは経験しました。

 その時に思ったんです。ボクにはそういう生き方は難しいなって」


 寂しげに呟くクリスちゃんの肩にやさしく触れる。


「――気の利いたことも言えないけれど、そう生きる必要がないのなら、そう生きなくてもいいんじゃないかな?」

「ええ。でも、ロナルドみたいな奴を見てると思うんですよね。眩しくて少しだけ、憧れてしまうんです」

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