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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
第2.5章
219/310

第19話

「――こうして、お店に来てくれるのは久しぶりだね? リリィちゃん」


 アカデミアの中で会っていた時のような眼鏡に黒髪の変装をしていない、神官然とした姿のリリィちゃんがお昼を食べに来てくれていた。

 あの情報屋が来たのが昨日で良かったと思う。かち合っていたら最悪だった。


「そうですね。クリス含めての食事会からもしばらく経ってしまいました」


 野暮ったい変装をしていないリリィちゃんの視線は、あの3週間よりずっと鮮烈で少しだけドキリとしてしまう。

 それになんだろう。今日は以前にも増して瞳が鋭いように感じる。

 何かしら特別な目的が、あるんだろうか……。


「注文はシチューとパン3つで大丈夫だったかな?」

「ええ、それで大丈夫です。よろしく頼みます」


 静かな笑みを浮かべてくれるリリィちゃんのために準備を進める。

 ……しかしなんだろうな、この妙な静寂。

 相手がリリィちゃんだからと言って、私が一方的に警戒してしまっているんだろうか。

 ライドレース当日、私が戦ったことを嗅ぎつけているんじゃないかと不安になっているだけなのだろうか。


「――お待たせ。ごゆっくりどうぞ」

「ええ、今日はこの後に用事もありませんので」


 そうして珍しくリリィちゃんはゆっくりと食事を進めていく。

 いつものように急かされているような素振りはなく、一口、また一口と丁寧な食事だ。

 ……そして、この無言。

 何かを喋ろうとして考え直しているような素振りが漏れ出ていて、胸の中の不安が現実に変わっていくような気がする。


「……なにか、あったかい? 私の顔に何かついていたり?」

「いえ、顔には何も……マスター、リオナは今日?」

「買い出しを頼んでいてね。しばらく帰ってこないかな」


 ……妹のリオナがいないということを確認したリリィが、浅く息を吐く。

 何かを切り出そうとしていることは、もう疑う余地もない。


「マスター……」

「何かな? リリィちゃん」


 こちらの不安を気取られないようにいつも通りの声を出す。

 上手く演技ができているか、その判断はできていないけれど、演技ができているものだと信じ込む。


「マスターのお名前って”ライオネル・コフィン”で間違いないですか……?」


 彼女がこうやって敢えて確認してくるということは、そういうことなのだろうな。

 一度どこかで名乗っていたような気もするが、今こういう風に恐る恐る聞いてくるということは、あの日の情報を掴んでいる。

 掴んだ上で確認しに来ているのだ。ベインカーテンかもしれない私のところに。


(……よくこの娘は、私の料理を口にしてくれるものだな)


 もしも私が彼女の立場で、私のことを疑っているのならば、絶対にこの食事には口を着けない。

 逆にここでこうして口をつけてくれているということは、そこまで疑われていないということなのだろうか。

 しかし、あの情報を手に入れているのなら疑う余地しかないとも思うが。


「――うん。私の名前は、ライオネル・コフィンだ。名乗ったこと、なかったっけ?」

「すみません。聞き覚えがなくて……きっと、コフィンなんて珍しい名字、一度聴いたら忘れないと思うんですが――」


 リリィちゃんの視線から迷いの色が消えていく。

 話題を切り出すか否か、それを迷っていた彼女はもういない。

 あとは、このまま切りかかってくるだけだ。


「――コフィンというのは、代々のお名前で?」

「ああ、私とリオナはいわゆる孤児という奴でね。拾ってくれた両親が棺を作る職人だった。それでコフィンなのさ」


 全くのデタラメを口にする。これは全てが偽りだ。

 私たちと”コフィン”の間に存在する関係は、こんな心温まるようなものではない。


「……なるほど。それではもうひとつ、質問いいですか?」

「数を絞る必要はないよ。なんでも聞いてくれれば良い」

「ライドレース当日、貴方はいったいどこにいたのですか?」


 これに対する回答も用意している。


「仕入れ先との商談があってね。コーヒー豆の業者さんがこっちに来ててどうしてもって。

 ライドレースに誘えればよかったんだけど、そこまでの口が回らなくてさ」

「――あの日、貴方と会ったと言っている連中が居るんです」


 さて、この嘘だが、一応、本当にコーヒー豆はアカデミアから遠く離れた領地から仕入れているから調べるのに時間はかかる。

 しかし時間と労力をかけて調べれば、いつかは露見することだろう。

 問題はここで彼女が調べる気になるか、ならないか。そこが勝負になる。


「へえ? そういう風に聞いてくるってことは穏やかじゃない感じ?」

「……ええ。すみません、単刀直入に聞きます。失礼に当たることを承知で」

「いいさ、君はお得意様なんだ。多少の無礼は気にしないよ」


 こちらがこう言わずとも、このあとに続く彼女の質問は変わらなかったのだろう。

 もはや彼女は、いつものお客さんではない。

 今のリリィちゃんは、間違いなくアマテイト神官そのものだ。


「ライドレース当日、ロナルドの妨害を行おうとした実行犯が3人いました。

 自警団の調査で事後的に捕まえた連中です。恐らくこのままでしたら学術都市からの追放で事が済むでしょう」

「ふぅん? そんな穏やかじゃないことがあったんだね。でも、試合が無事に済んで良かった」


 ……おいおい、あいつら逃げ損なっていたのか。

 依頼主に調査が入ったのは知っていたが、それで逃げなかったのは愚かとしか言えないな。

 いや、自分の本名を不用意に教えて窮地に陥っている私が言えた義理ではないのだが。


「ええ、それ自体は本当に良かった。あの試合には何の妨害も入りませんでしたから。

 それでマスター、その3人が供述しているんです。あの日”ライオネル・コフィン”と名乗る銀髪に赤い瞳の男に邪魔をされたと」


 ……あいつら掴まった上に全部話しているのか。

 呆れ果てる根性だが、まぁ、話さない理由もないものな。

 さて、問題はこれにどう切り返すかだ。ここからで勝負が決まる。


「……私の目が赤く見えるかい? ベインカーテンの術者のように白い髪に赤い瞳だと?」


 これはいつかのリリィちゃんが教えてくれたことだ。

 ベインカーテンについて、私がこれを知っていることに何の問題もない。


「……力を使うたびに、赤い瞳に変わっていったと」

「ふふ、そんな力、私にはないよ。きっと今だって神官である君に勝てない。私はそういう非力な人間だ」

「……相手が、ライオネル・コフィンという貴方の名前を言っていることについては?」


 リリィちゃんの瞳を見つめる。血に染まっていない今の瞳で、彼女の燃えるような太陽の瞳を見つめる。


「――身に覚えがない。私を恨んでいる人間が騙ったんじゃないかな」


 私の言葉を聞いたリリィちゃんは、少し切なそうな表情に変わる。

 ……彼女の心の内は、想像もできない。いったい何を考えているのだろうか。


「分かり、ました……」


 そう言ったリリィちゃんは一気に食事をかき込んだ。

 ……急ぐ用事はないって言っていたのにな。

 けれど、そうか、こうやって疑いを向けた相手と一緒にいるのは辛いか。


「――マスター、今は貴方の言葉を信じます。教会としても3人を妨害した人間までを追う必要はないと判断していますから」


 この言葉、額面通りに受け取っていいのだろうか。

 嘘偽りはないのか? こちらを油断させるために言っているのでは?

 そんな疑念が走って、すぐに消える。彼女はアマテイト教会の人間なのだ。

 私程度の木っ端のような個人に対して油断させるも何もない。

 やろうと思えばすぐにやれる。それだけの力の差が存在している。


「……ただ、マスター、私にとって貴方は”喫茶ライオンの店主”だ。

 いつもお世話になっている恩義も感じています。もし何か事情があるのなら、教えてください。

 最大限に手は回します。アマテイト神官としての私が、力になる――」


 そう、私の手を握ってくれたリリィちゃんを前に、ふいに涙が零れそうになった。

 カウンターの向こうにいた私の腕を掴み、手のひらを優しく握ってくれた彼女の温かさが胸に刺さった。

 ……ああ、今まで、この人生で、ここまで私たちに親身になってくれた人間がいただろうか。

 それも、まさか、最も太陽に近い彼女が。


「――マスター、私は貴方に、料理人でいて欲しい。

 貴方の作る食事が好きだ。貴方は違うと言うのだから、その拳を武器に使うことがないように、祈っています」


 握ってしまいそうな私の手のひらを優しく広げ、温かなリリィちゃんの手のひらで包んでくれる。

 それだけで私自身が浄化されてしまうような、そんな気がした。

 ……ああ、そうか。これが、これがアマテイト神官なのか。


「……うん。ごめんね、知らぬこととはいえ、不安にさせてしまったみたいで」

「ええ、本当に。誰に恨まれているのか知りませんが、気を付けてくださいね? 貴方の言葉が本当なら、誰かが貴方を陥れようとしていることになる」


 そう言いながら、彼女はどこかで分かっているのだろうな。

 私の言葉が嘘なのだと。だからこそ私に釘を刺したのだ。

 今後はもう、そういうことをするなと。そして同時にどうしようもないことがあれば自分を頼れと。


(……ああ、なんて、なんて心強い話なんだろうか)


 そう思いながらも彼女を前に嘘を貫いている自分が嫌になる。

 素直に彼女を頼ろうとすることができない自分が、この宿命が、嫌になる。


「……うん。何かあったら、頼らせてもらおうかな。リリィちゃんのこと」

「はい。マスターの頼みでしたら大体のことは。いつでも待っていますから――」

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