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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
第2.5章
218/310

第18話

 ――あのライドレースから数日。

 クリスちゃんへの配達がなくなった昼を、私は持て余していた。

 過ぎ去った日々のことが愛おしくて、寂しくて。こんな気分は初めてだった。

 何かに追われずに、何かを懐かしむことができる。それがこんなにも幸福で切ないものだったなんて知らなかった。


「やぁ、開いてるかい?」


 聞き慣れた声が耳に入ってくる。

 しかし、この時間帯にこいつの声を聞くのは初めてかもしれない。

 ”黄昏の刃”の情報屋、名前も知らないが世話になっている。


「……驚いた、昼に来るなんて」

「夜は私の仕事時間だからね」


 言いながら彼女は私の目の前、客席に座る。


「注文は?」

「――この店で一番、君が儲かるやつ」

「随分と気前がいいな。どういうつもりだ?」


 こちらの言葉に笑みを浮かべる情報屋。


「なに、今回の賭け、勝たせてもらってね。君のおかげで」

「……ああ、お前、ロナルドに賭けていたのか」


 黄昏の刃で行われていた非公式的な賭けでは、ロナルドが大穴だった。

 何者かによる妨害が入ることが前提だったから。

 それを潰したのは私だ。


「うん。まさかここまで読み通りに事が運ぶとは思ってなかったけどね」

「……あの3人がどうなったか知っているか?」

「あー、そうだね。大丈夫じゃないかな? 失敗した人間を粛清するような余裕、依頼主になくなってるだろうから」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべる情報屋。


「いったい何を仕入れている?」

「自警団が動いてる。どうもレースのために調査したのが呼び水になって色々出てきたみたいだね」

「……その機に乗じてあいつらは逃げたって訳か」


 こちらの質問に『流れ者だからねえ』と補足してくれる。

 こいつがここまでペラペラと喋ってくれるとなると、本当に感謝されているらしいな。


「……なに? この茹で野菜のサラダが一番君が儲かる料理なの?」

「まさか。今からお前にはこの店のフルコースを味わってもらう」

「はえー、そんなもの用意してるんだ。別にいいけどさ」


 まぁ、一度も振る舞ったことはないのだけれど、高く巻き上げるにはこれくらい用意しなければいけないだろう。


「それにしても君は義理堅いね。私ならコーヒー1杯用意して銀貨とか言うよ?」 

「……やっぱそれにして良いか?」

「ダメだね。用意してくれるんでしょ? フルコース」


 クスクスと微笑む情報屋の顔が憎らしい。

 だが、こういう振る舞いができるからこそ情報屋なんてものをやっているのだろうな。

 他者との関係を結ぶのが上手いのだ。


「でもさ、どうして君は邪魔しなかったの?」

「……誰の?」

「ロナルドのだよ。勝ってほしかったんでしょ? あのお姫様に」


 ――こいつの質問のせいで、あのことを思い出してしまった。

 自分の中に悪魔が過った一瞬のことを。


「……勝とうとしていた、から」

「ん?」

「あの娘は勝とうとしていた。ライドレースという舞台の上、全力で勝ちを狙っていた。

 そんな姿を見せられた時に思ったんだ。この舞台の外から彼女を勝たせようなんていうのは最大の侮辱だと」


 あの時以来、初めて言葉にした。

 自分が何を思ってあの矢を構えて、何を考えてそれをやめたのか。

 ……こうして冷静になれば当たり前のこと過ぎて、そもそも少しでもあんな真似をしようと思ったことが情けない。


「なるほどね。……いや、そんな気はしていたんだ。

 君ならきっと、お姫様が邪魔されないからって安心するような人間じゃないだろうって」

「だからロナルドに賭けたと……」


 こちらの言葉に頷く情報屋にスープを出してやる。

 フルコースだからな。料理を進めていかなければいけない。


「おかげで大勝さ。本当に感謝しているんだ」

「儲けの半分を寄こせ。私のおかげだぞ」

「いいや、勝ったのはロナルドとレフコースの実力だからね。

 でも、君も賭けていれば良かったじゃないか。ロナルドの方に。分かっていたんだろ? この結果」


 ……結果が出た今なら、簡単だ。

 結果なんて見えていたと言い切ることは。


「――”周囲の予測など、ライドレーサーは簡単に裏切る。いや、裏切らねばならない”」

「誰の言葉?」

「ロナルド・ヒースガルドさ。私はクリスのことをライドレーサーだと思ったし、今でもそうだったと思っている」


 こちらの言葉に静かに頷く情報屋。


「ふふ、なるほどね。確かに彼女が2位につけている時点で周囲の予測は裏切っていたからその通りだ。

 けれど随分とあのお姫様に入れ込んでいるんだね。仕事以外で戦う人間だとは思ってなかったな、君のこと。

 それによく3人同時に敵に回せたね?」


 見つめる彼女の瞳に、私の銀髪が映っている。

 恐らく、こいつには察しがついているのだと思う。


「こう見えても鍛えているからな。

 まぁ、仕事と自分以外のために戦う日が来るとは、俺も思っていなかったけれど」

「良いことじゃないか。それだけ人を好いているということは……」


 そう笑う彼女の表情を見ていると、彼女の奥に見える影が恐ろしくなる。

 こいつもこいつで底が見えない女だ。

 瞳の奥に何を抱えているのか分かったものじゃない。

 それが私にとって良いものとなるか悪いものとなるか、それとも中を知らぬままで終わるかはともかくとして。


「……まぁ、ただ、そうだね。足元だけは掬われないようにね?

 君があのお姫様を気に入っている分の半分くらいは、私は君を気に入っているんだからさ」


 彼女の言葉が骨身に染みる。

 もっとこう、ドギツイ言い回しをされるんじゃないかと思っていた。

 金も貰っていないのに他人のために命を張るなんて馬鹿だとか、あの3人をなぜ殺さなかった?とか。


「あと、そうだ。あの3人に名前を話したのだけは馬鹿だと思うよ。

 殺せとまでは言わないけどさ、本名を明かして放置するなんて愚かにもほどがある」

「……悪いな、どうしても質問したかったんだ。あいつらにはその価値があると思った」


 こちらの言葉に溜め息を吐く情報屋。


「それも君の悪い癖だもんね――”ライオネル・コフィン”か。

 アカデミアに入った時に名前を変えてしまえばよかったのに……」


 彼女の言葉も最もだが、これは俺の人生を賭けた目的のために必要な事なのだ。

 この忌まわしい名前から逃れないこと。

 この名前が引き寄せるであろう災いの先に待つものに、刃を届けるその日まで、この名前は捨てられない。


「そうすることで安寧が得られるのは分かっていたが、それよりも優先するべきことがあった。

 それだけの話だ。俺は平和に生きるために生きている訳じゃないからな」

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