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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
第2.5章
215/310

第15話

「……コフィン、だと?」


 こちらの言葉を繰り返し、首を傾げている。

 さて、どう出るか。こいつは知っているのか。

 コフィンという名を。


「……棺桶って意味だよな? どこかの言葉で”棺”って意味だ」


 言いながら男がジリジリと移動していく。

 ふむ、これは稼がれているな、時間を。


「知らないか。残念だ」

「ハッ、やかましい! ベインカーテンの棺桶野郎!」


 瞬間だった。男はこちらにナイフを投げつけ、飛び退いた。

 クロスボウを拾いに行ったのだろう。

 だが、こちらはまず、このナイフに対処しなければいけない。

 そして続けざまに来るだろう。クロスボウでの一撃が。

 無論、あの透明な矢に予備があればの話だが。


「ッ――!!」


 避けること自体は、容易かった。

 しかし、ここでただ避けてしまえばクロスボウの餌食。

 回避直後の隙を狙われ、あの男の思惑通りになる。だからだ――


「――ッァ!!」


 ギリギリのところでナイフの刃先は逃がした。

 そして、そのままナイフの柄を握り、投げ返す。

 狙うは矢、クロスボウから放たれた”透明な矢”だ。

 矢自体を目視するのは困難だが、軌道の予測は容易い!


「な、に――!!」


 ナイフと矢がぶつかる音を聞き、その時には既に駆け出していた。

 矢を再装填されるよりも前に、戦いを決しなければこちらの負けだ!


「運が悪かったな――」


 防ぎにかかってくる両腕を払いのけ、男の胸に手のひらを当てる。

 そこからはもう、抵抗も何もなかった。

 やはり魔術の類いに対する抵抗策は持っていないという訳だ。


「――さて」


 眠る男たちを、念のために手足を拘束し、ナイフやクロスボウといった武器をこちらで回収する

 ”透明な矢”は、それ自体が透明という大きな特性があったが、ナイフとぶつかった方を確認すると砂粒程度に小さく割れていて、風に乗せられていった。

 随分と高度な造りだが、確かに屋外でこれを使えば証拠らしい証拠は残らないのだろう。かなり手の込んだ道具だ。


(……ああ、本当に悍ましい力だな)


 自分の力を使ったのは、本当に久しぶりだった。

 これほどまでに長く使っていなかったのは、人生の中でも無かったことで、自分がどれほど”喫茶ライオンのマスター”という役割に没頭していたのかを自覚する。

 私は、まるで本当に売れない喫茶店の、気ままなマスターになったのだと何処かで思い込んでいた。


「この”髪と瞳”か――」


 ナイフに映り込む自分の顔を見つめる。

 若白髪だと偽っている銀髪、そして、力を使ったことで再び赤く濁ってしまった瞳を。

 これこそが消えぬ烙印、逃げられぬ俺の宿命を現す”呪いの証”だ。


「……ベインカーテン、か」


 確かに今の私はベインカーテンの構成員ではないし、構成員であったこともない。

 そのように扱われたことさえない存在だった。

 しかし、ベインカーテンではないというのは詭弁なのだろう。自分の過去を思えば。


(――考えるな、考えるな、今の私は”喫茶ライオンのマスター”なんだ)


 深く息を吸って、浅く吐き出す。それを数度か繰り返して、自分の思考を冷やしていく。

 その頃には、私の瞳も元に戻っていた。

 そして、視線の先、競技場にライドレーサーたちが並んでいる。それぞれの愛馬に乗った騎手たちが。

 傭兵たちが持っていた双眼鏡を拝借し、あの娘の姿を探す。私の愛おしい常連客、クリス・ウィングフィールドのことを。


「……ああ」


 栗毛の愛馬・ウマタロウに跨るあの娘の姿を見つける。

 鋭利な瞳をしたクリスちゃんのことを。

 それだけでもう、言葉もなかった。この3週間、ずっと見ていた。練習に打ち込む彼女の姿を。


「ロナルド……」


 クリスちゃんの近く、あの男の姿を見つける。

 美しい白馬に跨るロナルド・ヒースガルドの姿を。

 あの白馬がレフコース、今回を最後に引退してしまう彼の愛馬。

 クリスちゃんとウマタロウくんが決着を着け損ねている相手。


(……ああ、頼む。もう誰の邪魔も入らないでくれ)


 ひとつは潰した。この私が潰した。

 だから、頼む。もう来るな、もう誰もこのライドレースを邪魔してくれるな。

 決着なんだ。クリスちゃんの3週間が、報われる場所なんだ。


「勝て、勝ってくれ……!」


 ライドレース、その始まりを告げる音はここまでは聞こえてこなかった。

 けれど、見ていれば分かった。戦いが始まったことは。

 走り出しからの加速、その接戦を見ていると分かる。

 ロナルドならば楽に勝てると評されていたクリスちゃん以外のレーサーたちもまた実力者であることが。

 しかしクリスちゃんはその中で全く劣ってはいない。なるほど、確かにあれほどの才能、開花させないのは惜しい。

 ウマタロウの才能に応えられなかったと彼女が悔やんでいた理由も分かる。


「――クリス、ちゃん」


 レースは進み、最後の直線。状況はロナルドとクリスの一騎打ちになっていた。

 他のレーサーは完全に先頭2人に離されている。

 いや、先頭2人という表現も正しくはないだろうか。突出しているのはロナルドだ。

 クリスちゃんだけがまだ、ギリギリ追いつける可能性がある。そういう状況だ。


「っ――――」


 このまま進めば、きっとクリスちゃんは勝てないだろう。

 ロナルドが勝利を収めることになる。

 レースの熱狂の中、勝負が見えたと思ってしまった私の中に悪魔のような考えが過る。

 ――このクロスボウが、透明な矢があれば、ロナルドを潰せるはずだと。

 自分がクリスを勝たせてやれる。あの娘を勝利させてあげられるぞ。そう、自分の中の悪魔が囁くのが分かった。


「……何を、バカなことを」


 一度過った考え、それを振り切るまでの時間。

 それは一瞬のはずだったのに、永遠なのではないかと錯覚した。

 そんな呪縛から、私を解き放ってくれたのは、他ならぬクリスだった。

 彼女は、加速をかけたのだ。とても余力なんて残しているようには見えなかったのに、ロナルドと戦うため、彼に勝つため、彼女は全力以上を出そうとしていた。


(……ああ、そうだ、勝たせてあげるんじゃない)


 私が最も見たかったのは、勝利に向かうクリスの姿、自らの力で勝利を掴むクリスの姿。

 その勝利は決して、私が与えるものであってはならない。他の誰かが与える者であってはならないのだ。

 だから、私は戦ったんじゃないか。ロナルドを負けさせようとする連中と。この戦いが公正なままに終わるように。


「クリス……」


 勝負の決着はついた。以前に決しなかった勝敗は今、見えた。

 ロナルドは、自身の言葉を実現した。かつての試合を、自らの勝利という形で確定させた。

 ……”引導”を渡した、ということになるのだろう。少なくともロナルドはそう思っているはずだ。

 けれど、彼女はどう思っているのだろうか。クリスは、いったいどう思っているのか。


「……流石に縛ったまま帰る訳には、いかないか」


 今すぐクリスに会いたくなった。何を言えば良いか分からないけれど、とにかくあの娘に会いたかった。

 けれど、私が眠らせた3人の手足を縛ったまま放置するわけにもいかない。

 幸いまだ意識は取り戻していないようだし、拘束を解いて、奪っていた武器を返してやる。

 依頼を失敗した責任はともかく、これでこのまま死ぬことはないだろう。


「まぁ、お前らには、悪かったよ。仕事の邪魔をして」


 こいつらの仕事を潰したかっただけで、別にこいつら自身には何の思うところもない。

 それどころか、人間としては嫌いじゃない部類だ。

 しかし、請けた仕事が悪かった。それだけだ。


「……間に合うかな、今から」


 そう思いながら私は向かった。ライドレースの会場へ。

 クリスがまだそこにいることを願って。

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