第7話
……リオナとクリスちゃんは良き友人だと思っていた。
私の妹の良き友人になってくれたと。
しかし、この私も友人と認めてくれていたのは本当に嬉しかった。
『それじゃあ、マスター。明日もよろしくお願いしますね』
クリスちゃんと別れたときの言葉を思い返しながら、私はジュース販売機で買った梨のジュースを飲んでいた。
ここに来たら必ず買おうと決めていたのだ。
いつでも冷えた飲み物が飲めるとクリスちゃんが話していたものを試してみたかった。
(実際、よく冷えているな……)
このジュースを作っているお菓子屋自体は知っている店だ。
味については予想していたものを超えてはいない。
しかし、これだけ冷えたものを無人で販売できているというのは驚嘆に値する。
クリスちゃんはこれの仕掛け人について知っているのだろうか。興味が湧いてきた。
「…………?」
ベンチに座っていたのだけれど、ふいにジュース販売機を使おうとしている女の子に見られていることに気づいた。
私の若白髪が珍しいのかとも思ったけれど、なんだろう。私も彼女のことをどこかで見たことがあるような気がした。
しかし、どこで見たことがある気がするんだろうか。
もっさりと膨らんだ黒髪、私が手に持つジュースの瓶底のようにぶ厚い眼鏡、とてもじゃないが見覚えはない。
「…………っ」
その娘が小声で何か言ったような気がする。
何と言ったのかは分からないが、これはまず間違いなくあちらも私のことを知っているとみるべきだろう。
でも、どこだ……? 黒髪、眼鏡、そして紅い瞳……紅い瞳?
「リリィちゃん……?」
こちらの言葉に身をビクッと動かす少女。
……怖がらせてしまっているだろうか。
立ち去られそうだからと当てずっぽうで声をかけてしまった。
そうだ、見間違いだ。リリィちゃんがこんな寡黙で純朴そうな女学生である訳がないじゃないか。
いやはや、先走ってしまった。
「……よく、分かりましたね。マスター」
「ええっ――??!」
驚く私に対して、一瞬だけスッと眼鏡と黒髪をズラす。
その姿を見れば彼女がリリィちゃんであることは確信できた。
しかし、どうして……?
「すみません。私がサッと立ち去っていればよかったのですが、見知った人を珍しい場所で見てしまったもので。
どうして学院の中に居るんです?」
先手を取られてしまった。
質問をしたいのはこちらだったが、質問に質問で返すのも失礼だろう。
「クリスちゃんに昼食を届けているんだ」
「えっ、とうとうクリスの専属料理人に……?」
自分のジュースを片手に私の隣に腰を下ろしてくる変装したリリィちゃん。
大人しげな女学院を装っていながらも、声を聴いているといつものテキパキとしたリリィちゃんだと思う。
「3週間だけね。ライドレースに出る関係で忙しいから食事を届けて欲しいって」
「ああ、らしいですね。いやはや、あの娘はどれだけ手が広いのか。恐れ入ります」
「それでリリィちゃんはどうして変装を?」
こちらの質問に答え終わったところでスッとリリィちゃんに質問をしていた。
手の込んだ変装で、まるで本人とは気付けない。
私が見抜けたのだって当てずっぽうで、紅い瞳の知り合いがリリィちゃん以外に居ればその人の名を挙げていたかもしれない。
いや、クリスちゃんも紅い瞳だけど、別れたばかりだったから除外していた。
「えーっと、穏やかな学院生活を送るために……?」
黒髪のかつらを弄りながら話すリリィちゃんの瞳を見ていると、なぜかリオナのことを思い出した。
青い髪と瞳を理由に学院で目立ちたくないから配達に来ないと言っていたリオナのことを。
「目立つというか、一目で分かられてしまうものね。自分の立場を」
「そういうことです。意外と非番の時はこういうことをしている同業は多いんですよ」
「なるほどね。確かにそういうことをしていないと休む間もないってわけだ」
こちらの確認に頷き、いたずらっ子のような笑みを浮かべるリリィちゃん。
変装しているのもあるけれど、いつもの時間に追われている彼女からは想像のできない表情だ。
「……リリィちゃん。リオナの髪と瞳についてどう思う?」
「え? どうしました? 急に」
「いや、青い髪と瞳って結構、忌避されるじゃないか。リリィちゃんはそんなことなくて助かるんだけれどさ」
リオナが学院内に入りたくないというくらいには目立つというか、それこそ死の女神の祝福を受けた髪色と言われるのだ。
「ああ、そういう迷信も多いですよね。サータイトに見初められて生まれてきたみたいな話も」
「迷信ってことで良いんだよね?」
「何か特別な力を持っているのなら話は別ですが、そうではないんでしょう?
それにベインカーテンの術者は、白い髪と赤い瞳になっていくんですよ。私が戦ってきた相手に青は居ませんでした」
……白い髪に赤い瞳、か。
リオナはそうではないからベインカーテンとは関係ないと。
「しかしそうでしたか、リオナも……」
「リリィちゃんほど大変ではないんだけどさ」
「いえ、私には神官であるがゆえに与えられているものも多いですから」
梨のジュースを傾ける。
そろそろ帰ろうか、そんな雰囲気が漂ってきたころだった。
「ねぇ、マスター。もしも私もお願いしたらどうします?」
「リリィちゃんも……? 何をかな?」
「お昼の配達ですよ、せっかくだし私も便乗したいなって♪」




