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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
第2.5章
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第6話

「いやぁ、やっぱり美味しいですね。マスターに頼んで良かった」


 鶏肉のシチューとサンドイッチを用意してきたのだけれど、クリスちゃんには好評だったようだ。

 クリスちゃんの屈託のない笑顔を見ているとよく分かる。


「ちょっとシチューがぬるくなっちゃったのはごめんね?」

「いえいえ、配達してもらう時点でそうなるのは予想済みですから。

 それどころか思っていたよりも温かいくらいで」


 クリスちゃんが喜んでくれているのだから、別に悪いという訳ではないのだが、若干の不満は残る。

 この3週間のうちに解決できるものならしてみたいものだ。

 いっそのこと最初から冷たいスープでも作ってみようか。


「そう言ってもらえると助かるよ。それにしても休憩中は休憩中で論文を書かなきゃいけないなんて本当に大変だね」

「お行儀が悪くてごめんなさい……ちょっと今のうちに書いておかないと色々と記憶が薄れちゃって」

「いやいや、良いんだよ。前にお店で書いていた奴の続きだよね?」


 私の質問にコクコクと頷いてくれるクリスちゃん。

 ちょうど口にパンをくわえているところだった。


「――機械魔法と政魔分離の原則についての話を書こうと思ってまして」

「せいま、ぶんり……? きかいまほう……?」

「ざっくり言うと王国の伝統的な規範と、新しい魔法がぶつかっているんです。そこを論じることができればと思っています」


 ……難しい話だ。さっぱり何を言っているのか分からない。

 けれど、クリスちゃんが論文に向き合っているその姿をただただ美しいと思う。

 つい先ほどに見た馬に乗る姿と同じように。本当にこの娘は多彩な才能を持っている。


「――ん? クリスか。それと見知らぬ顔だね。

 ひょっとして君がクリスの行きつけの店のマスターさんかな?」


 クリスちゃんと一緒に昼食を取っていたのは、アカデミア内部の教授室だ。

 その奥から立った今、白い服を纏った黒髪の美女が現れた。

 歳は分からないが、その纏う雰囲気と威圧感からして若くはない。相当に経験を重ねた手練れだと分かる。


「ええ、喫茶ライオンのマスターを務めています」

「なるほど。私はトリシャ・ブランテッド。アカデミアでこの娘の保護者役、それと教授もやっている」

「話は伺っています。部屋を貸していただけるということで」


 こちらの言葉に頷いてくれるブランテッド教授。


「クリスがライドレースに出るっていうからね。そのための協力を惜しむつもりはないさ。

 しかし、そうか。君がクリスのお気に入りの味を出せるのか……」


 彼女はクリスの近くに腰を下ろし、私の髪を見つめてきている。

 私の年齢を測りに来ているんだろうな。この銀髪は私の実年齢を惑わせる。


「――なんなら、その薄い器に入ったコーヒーよりも美味しいコーヒーを淹れましょうか?」

「ほう? 言ってくれるじゃないか。良いね、そういう態度は好きだ。試してやろう」


 そう言いながらブランテッド教授は食器とコーヒー豆を用意してくれる。

 なんだ、あの薄く透明な器以外のカップがあるんじゃないか。

 せめてそれに注げば少しは良い味になるだろうに。あんな薄いものに注いでしまったら、冷めるまで飲めたものじゃない。


「さぁ、好きにやってくれ。

 慣れない豆だろうが、このビーカー入りのコーヒーよりは上等なものを用意してくれると期待しているよ」


 挑発的な笑みを浮かべるブランテッド教授。

 彼女の期待に応えるべく、豆の種類を見てどれくらい挽くべきかを判断し、実行に移す。

 そうして用意した一杯が、このビーカーとやらに入れられたコーヒーに劣ることは決してない。


「良い豆を使っていますね。これなら荒く引いて煮出した方が良いかもしれません」

「ほう? これが美味しかったら考えておこう」


 そう言いながらブランテッド教授は、私の淹れたコーヒーを口にする。


「……うむ、美味い。良い店を見つけたな、クリス」

「でしょう? 今度はお店に行きましょうね」

「ああ、時間さえ合えばね――しかしマスターさん。よくその若さでこのアカデミアで店を構えられたね」


 ほう、彼女は私のことを若いと判断したか。


「いろいろと幸運が重なりましてね。しかし若いと言われるのは久しぶりです。

 この白髪のせいで年寄りに見られましてね」

「……ふむ。でも、実際はクリスより3つも離れていないくらいじゃないのかい?」


 流石はアカデミアの教授、よく分かるものだ。


「ええ、それくらいです」

「――えっ、そんなに若かったんですか?!」

「ハハ……ちょっと傷つくなぁ……」


 クリスちゃんは私のことを何歳くらい年上だと思っていたんだろうか。

 まぁ、結構な年上だと思っていたからこそ、彼女の論文のこととか私が分かっている前提で話してくれていたんだろうな。

 高く買われていたのだ。それ自体は悪い気分ではない。


「まぁ、何にせよ、クリスの行きつけの店で歳も近い。この娘とは良き友人で居続けて欲しい」

「友人と言っていいのかは私が決められることではありませんが、私にとってクリスさんは最高のお客様です」

「じゃあ、ボクが友人だと決めたらそうだと言ってくれるんですか? マスター」


 間髪入れずにそう言ってくれるのは、本当にありがたいな。

 まさか、喫茶ライオンのマスターとしてここまでの幸福を得られるとは思っていなかった。


「ええ、もちろん。あなたがそう言ってくれるのなら、私はあなたの友人です」

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