第3話
「――クリスティーナ・ウィングフィールドはここにいるか?!」
聞き慣れぬ男の声、私の喫茶ライオン、その扉を開いたのは華美な服装に身を包む男。
……見慣れぬ男だが、この風貌は貴族だろうか。そんな気がする。
「ふふっ、お久しぶりですね。あなたは変わっていないようだ、ロナルド・ヒースガルド」
「そういうお前は随分と功績を立てたようだな。戦士として、学者として」
金色の髪と紅い瞳、奇しくもクリスさんと同じ色だが、別に親戚という訳ではないだろう。
顔立ちが似ている訳ではない。
ただ、このぶしつけな貴族とクリスちゃんは知り合いの様だ。
私には全く見当がついていないのだけれど。
「いきなり何の用です? ボクに用があるのなら明日、アカデミアを訪ねるのが確実だったでしょうに」
「1日も早く君に会いたかった。あの日の決着を俺は望んでいる」
「……ライドレース、ですか。ボクは騎手ではないというのに」
ライドレースという単語に聞き覚えはある。馬を駆る騎手たちによる競争だ。
この王国で公的に認められている賭博、その数少ないひとつ。
……まさかクリスちゃんはライドレースの経験さえ持っているというのか? こんなまだ若い女の子なのに。
「――注文は?」
「む?」
「喫茶店の扉をくぐっておいて立ち話もないでしょう?」
直球の嫌味を投げる。
私の不機嫌さをクリスちゃんは感じ取っているのだろう。
クリスちゃんの表情を見ていると分かる。
この娘はこういう感情を読み取れる繊細な女の子だ。
「確かにそうだな。だが、長居をするつもりはない。冷たいコーヒーはあるか」
「生憎と温かいものしか用意できませんね」
「ふん、ならば仕方あるまい。出せ」
手早く料金を渡してくるロナルド・ヒースガルド。
……せっかちだが料金表を確認しているとは、視野が広い上に目が良いらしい。
「いい店でしょう? ボクのお気に入りなんです」
「そうだな、雰囲気は悪くない。味は分からないが、しかし冷たいコーヒーも用意できないのはいただけないな」
「魔法無しで氷を用意するのは至難なんですよ。冷たいものが飲みたいのならアカデミアにジュースの自動販売機が置いてあります」
隣に座ったロナルド・ヒースガルドを横目に、コーヒーを口にするクリスちゃん。
その瞳を見ていても、彼女が彼に対して好意的なのか敵対的なのか分からない。
……両方の感情が混ざっているように見える。
「それで本題だ、クリスよ。ライドレースに出てもらいたい。あの日の決着をつけるために」
「……ボクは、あなたのような専業のライドレーサーじゃない。好敵手足りえませんよ」
「そうかな? あの初夏の戦いの時、お前は未経験者だった。馬に乗ったこともないのに、レフコースと俺に肉薄してきた」
ロナルドの鋭い視線を静かに受け止めるクリスちゃん。
彼女がここまで鋭利な視線を放っているのを見るのは初めてだったように思う。
いつもこの店では、まったりと過ごしてくれていたから。
「あのビギナーズラックを再現しろということですか。なかなか無茶を言ってくれる」
「レース当日まで3週間ある。前回よりは条件が良いはずだ。それを早く伝えたいからここへ来た」
「……手紙を寄こしてくれればよかったのに」
「手紙では君は丁重に断ってくるだろう? 直に話さなければ君は頷いてくれないと思っている」
随分と強引な男だ。
……追い払うことも考えた方が良いんだろうか。
しかし相手は貴族だ。そこら辺のゴロツキじゃない。
そんなことを思いながら、注文を受けていたコーヒーを差し出した。
「――手紙でも直接でも結果は変わりませんよ。
ボクはライドレーサーじゃない。それが答えです」
クリスちゃんの姿勢も強硬だ。
さて、あとは相手がどう答えるか。
「……このアカデミアでのライドレースを最後に、レフコースは引退する。
君がライドレーサーでなくても、お前はどうしようもなく勝負師だ。そして君の愛馬は、よりそうだろう。
あの時に預けた勝負、拾い直したいと思わないはずはない」
……ほう、この男から見たクリスちゃんというのは、そう見えているのか。
勝負師……ふむ、先ほどのリリィちゃんとの会話などを考えればそう見えないこともないだろう。
けれど、それだけじゃない。彼女はそれだけの女じゃない。
「……結構な老馬でしたものね、レフコースは」
「そうだ、あいつの最後の花道になる」
ロナルドを見つめるクリスちゃんの瞳が、一瞬ばかり優しげなものになる。
「――良いでしょう、ウマタロウもきっと望んでいるはずだ」
「そう来なくては。ようやくあの日の決着をつけられる」
「負けても恨みっこなしですよ?」
「フン、当たり前だ。競技とはそういうものだからな」
……クリスちゃんは話に乗ったか。
決定打となったのは、相手の愛馬の引退戦であるということだろう。
やはり、優しい女の子だ。
「明日からしっかりと準備しておけ。俺と戦うのだから最高の状態に仕上げて来い」
「――言われずとも。話を受けるのだから全力でやらせてもらいますよ。そちらこそ慣れない土地での練習、頑張ってくださいね?」




