第9話
『ロバート・サータイト、此度のご協力、心より感謝申し上げます』
クラーケンとそこから現れた霊体を討伐し、1夜ほどリーチルの洞窟に泊めてもらった。
デミアンの体調も良くなったし、雨に濡れ切っていた仲間たちも体力を取り戻した。
仲間たちは船を島に停泊させ、俺と合流してからクラーケンと戦うつもりだったらしい。
そこで戦闘に入っていた俺たちを見つけ、助けてくれたのだ。
「――こちらこそ手厚い歓待、ありがとうございました。リーチル」
手のひらの大きさではなく、人間の大きさに戻ったリーチルに頭を下げる。
仲間たちにも、事情は説明し終えている。
俺たちのサータイトが王国では死の女神として扱われていること、それを祀るベインカーテンに目を付けられるであろうこと。
リーチルがこの場所で冬の島を守り続けてくれていること。その全てを。
『ロバート、ささやかではありますが、あなたの旅にこれをお持ちなさい』
スッと差し出される手のひら。
彼女に合わせてこちらの手を差し出す。
そしてまさに手渡されたのは――
「――風の宝石、ですか」
『7種すべてをお渡しできずに申し訳ありません。緑の宝石には予備がありましたので』
虹色の宝石を、なぜ操ることができたのか。
あくまで推測の範疇は出ないが、おそらくは7種類の単色宝石がすべて揃っていたからだと結論を出した。
もしかしたらドロップやリーチル、もしくは俺自身に何かしらの条件があるのかもしれないが、それを考えても答えは出なかった。
一応、時間さえあればもう一度使えそうではあったが、巨大な霊体を消し飛ばした力だ。気軽に実験はできなかった。
「いえ、ありがたいです。残りは旅の中で手に入れますよ」
『ふふっ、心待ちにしています。あなたが外の世界の全てを知り、戻ってくるその時を。
願わくは、その時のあなたが邪な者になっていませんように』
もしもそうなっていたのなら、海路は彼女によって封鎖されて冬の島には帰れないということになる。
サータイトの神託も、レベッカとの約束も、守れないことになるわけだ。
「人の心は移ろうものです。動き続ける限りは未来の私もまた別の姿になっているのでしょう。
それでも、あなたに拒絶されるような男にはならぬよう、精進していきます」
『ええ、あなたならばきっとより良い大人となっていくのでしょう。
その旅路に危険を背負わせてしまったこと、本当に申し訳ありません』
申し訳なさそうに頭を下げるリーチルさんの手を取る。
「いえ、これは運命だったのです。
王国でサータイトの名を騙るベインカーテンと衝突するのは時間の問題でした。
それが早まったことと引き換えに、奴らの目から冬の島を、あなたを遠ざけることができた」
『……ロバート』
サータイトが眠りにつく以前、神話の時代から続く敵との戦い。
その敵が今、ベインカーテンとして王国に生き残っているというのなら、戦うことは神子の家系である俺の義務だ。
「それにベインカーテンを倒してしまえば冬の島を閉ざしておく必要もなくなる。
……いえ、なくなりませんね。サータイトが眠り続けている限りは」
『――倒すつもりですか、あの敵を』
リーチルの言葉に頷く。
たとえそれが神話の時代からの因縁だとしても、いつかは断ち切らねばならぬのだ。
ならばその引導、この俺が渡してやるなんて大それた野望を抱かない訳ではない。
「まぁ、無理かもしれませんが、もしもその機会が巡ってくるのならば――」
『そうですね、それもまた道ではありましょう。
けれどロバート、私は、あなたには自分の人生を歩んでほしい。
人の一生は短い。妖精のように神のために命をいたずらに消費してはいけない』
……人は神のために命を消費してはいけない、か。
「リーチル、その言葉、しかと胸に刻みます」
『はい。ロバート、あなたの旅が良き旅となることを祈っています』
スッと頬に柔らかい感触。リーチルの温かい口づけ。
妖精流の挨拶、なのだろうか。挨拶にしては少し、大胆すぎるような……。
「……リーチル」
『ロバート。名残惜しいですが……』
旅立ちの挨拶を終え、スノードロップの船・プラティーナに乗る。
リーチルが海岸まで見送りに来てくれていて、船の上には仲間たちとデミアンが待っていた。
「ロバート船長、僕がスカーレット王国での案内人になりますよ。助けていただいた恩を返してみせます」
「それはありがたいな、デミアン。
けれど、君にベインカーテンのこと、サータイトのこと、色々と教えてもらった。あの時からもう借りは貸してもらっていると思っている」
「いえ、その程度では命を救ってもらった恩には釣り合いませんよ」
……本当に助けた相手がデミアン・リースマンという男で良かった。
俺たちの素性についても口外しないことを約束してくれたし、王国到着後のことも手助けしてくれるという。
まぁ、元々乗っていた船が沈んでしまったのだ。
俺たちの船がなければ帰る手立てがないというのもあるのだろうが、それが済んだからといって裏切る男ではないだろう。
「それでロバート、王国での名字は決まったのかい? 僕らもそれに慣れておかなきゃいけない」
ロバート・サータイトという名前は使えない。
しばらくは、サータイトという単語を口にすることさえ避けなければいけない。
だから必要だった。偽名が。王国の中で名乗る名字が。
「……そうだな、クロスフィールド。ロバート・クロスフィールドだ」




