第6話
『――では、外の世界へ行く者よ。あなたに頼みたいことがあるのです』
リーチルの表情が鋭利なものへと変わる。
そして地面が揺れるのを感じた。
「……まさか、っ」
『ええ、あなたの推測通りでしょう。あの腐りかけの化け物が上陸してきました』
あのクラーケンが、島の上にまで……。
『おそらくあれは冬の島を探しているのだと思います。
サータイトの敵だ。あれをあなたに倒して欲しい』
「ちょっと待ってくれ。あんなのと戦って勝てるほどの実力、俺たちにはない」
なんとか逃げるだけで精いっぱいだったんだ。
とてもじゃないが勝てる算段など立てられやしない。
『私が手助けします。ただ、私の姿をさらしたくないのです。
あの敵は冬の島を探している。私の存在を把握すれば、次々と戦力を投下してくるでしょう。
それだけは避けたい。だから”あなた”に倒して欲しいのです。これから王国へと向かうあなたに』
……リーチルの反応からしてクラーケンの出所に察しがついているのだろう。
そしてデミアン曰くあれはベインカーテンという組織の扱う死霊呪術の産物だという。
つまりここで俺があのクラーケンを倒した場合、俺はスカーレット王国でベインカーテンという組織に目を付けられることになる。
「あのクラーケンの出所、アンタは何だと思っている?」
『……詳しいことは分かりかねますが、おそらくかつてサータイトを傷つけた敵でしょう。感じる力がそれに近い』
「なぁ、デミアン。あれってベインカーテンと言うんだよな?」
「うん。そうだと思う。死霊呪術を使っているから。
冬の女神としてのサータイト様は知らないけれど、王国で死の女神としてのサータイトを祀る連中が造ったのは間違いないはずだよ」
つまりだ。具体的な話はまだ分からないが、俺たちのサータイトと王国でのサータイトは敵同士と見て間違いない。
名を騙っているのか、それとももっと深い関わりがあるのか。
どちらにせよ、ベインカーテンという存在は、俺の宿敵だ。サータイトの神子、その家系に生まれたこの俺の。
「……これもまた運命か。サータイトの望んだ巡り合わせ、なのかもしれないな」
『この頼みは、あなたの旅をより過酷なものにしてしまうでしょう。それについてはお詫びのしようもありません』
そもそもサータイトの名を背負う俺にとって王国は過酷な環境だ。
そして、ここで戦えば、その原因だと思われるベインカーテンに狙われることにもなる。
……だが、ここで俺が戦わなければどうなる? 俺が尻尾を巻いて、スノードロップの元に戻って王国に向かってどうなるというんだ?
「いや、良いんだ。王国でサータイトの名を騙る存在が冬の島を探していて、貴方を見つけたのなら、冬の島まで辿り着くのは時間の問題になる。
15年も世話になった故郷を見捨てて王国に行けるほど、俺の血は凍り付いちゃいない」
静なる神から生まれた命、人間の最大の特性は動だ。
心臓が動き、この血が熱い限り、まだ女神の庇護を受けるには早すぎる。
逆だ、守らなければいけない。俺たちが冬の女神を守るのだ。
『――あなたの協力に感謝します、ロバート・サータイト。
今回限り、私もあなたの妖精となりましょう。ドロップのように』
……乾いた衣服を纏い直し、息を整える。
『よろしくね、リーチル♪』
『ええ、よろしく頼みます。それでは――』
スッと身体の力を抜いたかと思ったらドロップと同じくらいの小ささになるリーチル。
その器用な芸当に驚かされる。
『これを首にかけていてください。私がこの宝石を使いますが、あなたが使っているように見えるでしょう』
先ほど見せられた7つの宝石。
それをひとつの宝飾品とした首飾りを小さな体のリーチルが俺の首にかける。
そして風の巻き起こし、彼女は自身の姿を消した。
……これでクラーケンと戦うのは、このロバートとドロップだけに見えるという訳だ。
『――それでは、行きましょう。これ以上、あれにこの島を破壊させるわけにはいきません』




