第3話
――サータイトが、死の女神である。
そんなこと、にわかに信じられる話ではなかった。
マリア姐だってそんなこと言っていなかったはずだと記憶の糸を辿りながら、気付く。
そもそも彼女は、スカーレット王国についての話を殆どしていなかったことを。
(仮にスカーレット王国で”サータイトが死の女神”だと知っていて、あの冬の島でそれを話すだろうか)
たった1人、幼い時に流れ着いた先が、死神を神様だと祀る島だったのだ。
彼女がそのことをひた隠しにしていてもなんら不思議ではない。
……それも相まってマリア姐さんは俺を止めたのだと思えば、彼女の動きにも納得がいく。
「……嘘だ、サータイト、なんて」
それにデミアンの表情を見ていれば分かることだ。
彼は嘘などついていない。そもそも俺に対して敵対的な嘘を吐く理由など存在していない。
つまり、本当に俺たちの女神は……。
「さっき言ったように、俺たちはかなり辺境の島から出てきた。
アカデミアという場所がスカーレット王国にあるかどうかの確証さえ持っていないほどに」
こちらの言葉に耳を傾けるデミアン。
真意を測りかねているのだろう。当たり前のことを知らないことが信じられないといった表情だ。
しかし彼も彼の方で落ち着いてきたというか、こちらの話を聞く気はあるように見える。
「……冬の島と言いましたか? 僕もその名前の場所を知りません。
この南方の海は比較的温暖で、冬が来ないわけではないですが”冬の島”と呼ばれるような場所とは」
温暖な海か……ここ数日は酷い嵐だったせいで全く自覚していなかった。
(ドロップ、どう思う?)
(いわれてみればあったかいかもね)
まぁ、こうして半裸で洞窟に腰かけていて身体が冷えない程度には温かいか。
単純に春になったからだと思ったが、それ以上に冬の島から離れたことで温暖な場所に出たのかもしれない。
「……なるほどな。やっぱり、そういう感じか」
「どういう意味ですか……?」
「いや、冬の島のこと、外じゃあまり知られていないんだなと思ってさ」
こちらの言葉に頷きながら続きを促してくるデミアン。
最初はこちらが死神を祀る恐ろしい相手だと思い込んで話もできなかったが、随分と落ち着いてくれた。
「冬の島から出て戻ってきた人間は、今まで1人もいないんだ。だからあの島のことはあまり知られていないとは思っていた」
「なるほど……それじゃあ、どうしてスカーレット王国のことは知っているの? 外から来る人は……」
「――外から来る人間はいないわけじゃない。俺が生まれてからあの島に流れ着いた王国の人間はたった1人だったけど」
こちらの言葉に頷き、考え込むように息を吐き出すデミアン。
おそらく彼は聡い男だ。こちらがスカーレット王国を知っていることへの違和感を感じ取れるくらいには。
「……ロバートさん、貴方の島ではサータイトというのはどういう存在だったのですか?」
最初はサータイトという単語だけで恐怖に陥っていたのが嘘みたいだ。
けれど、それだけこちらのことを信じてくれたということだろう。
……ああ、彼が最初で良かったな。下手に王国のど真ん中に着いてからロバート・サータイトと名乗っていたらどうなっていたことか。
「死の女神じゃなく氷停神サータイトと呼ばれていた。
世界の始まる前と死後に至る静止した世界を司る女神。
生まれる前の魂は、彼女の司る静止の中から生まれ、肉体という動が終わった時に静の世界に帰る」
俺の知る限りの教義をかいつまんで話す。
かなり端折っているが、概要を伝えるには充分だろう。
「……なるほど。生まれる前と死後を、そこに関しては”アマテイト”と変わらないのですね」
「アマテイトというと? スカーレット王国の神様か?」
「はい。太陽神アマテイト、人類全ての母で、同じように命は彼女から生まれ彼女へと帰ると言われています」
太陽の女神という訳か。サータイトとは真逆のように感じるな。
「それで王国では、サータイトが死の女神だと?」
「ええ、太陽神アマテイトと対を成す死の女神、それがサータイトです。
少なくとも王国ではその名前が冠されている」
名前が同じなだけで全くの別物と見るべきか、スカーレット王国と冬の島で何か決定的な違いがあるのか。
「……そういえば、ベインカーテンというのは?」
「サータイトを祀る教団です。有史以来、幾度となく大量殺人を繰り返してきました。
より多くの死を広めることこそ救済なのだと」
なるほど、それでサータイトの名前で俺をベインカーテンの人間だと判断したという訳か。
「ベインカーテンというのは、あのクラーケンを造り出せるのか?」
「ええ、腐りかけの生物が生きたまま襲ってくるのは、典型的な死霊呪術、ベインカーテンの技術です」
死霊呪術……マリア姐の魔法みたいなものだろうか。
今のところは、その亜流としておけばいいか。
「……だいたい分かった。問題はここから先の話だな。
クラーケンはまだ島の近くにいるだろう。
俺の仲間の船は健在のはずだが、そっちの言う大きな船や同じような避難艇は見当たらなかったのが現状だ」
こちらの言葉に沈痛な面持ちになるデミアン。
「それだけ僕が流されたのか、それとも僕以外が沈められたのか」
「どちらにせよ、俺たちがここから脱出するためには俺の仲間と合流するくらいしか手がないだろうな」
「……そういえば、ロバートさん。ここってどこなんです? ここら辺の島に有人の島はなかったと思うんですが」




