第5話
――マキシマ博士の持ち込んだ機械という技術。
マリアンナが持っていた魔法という才能。
その2つを繋ぎ合わせ、自らのものとしたのがクラリーチェ・ファンティーニという才女だ。
(……機械、魔法か)
マキシマがまだこの島にいたとき、俺も学ぼうとした。
けれど、さっぱり理解できなかった。機械というものを理解できなかった。
マリアンナとマキシマが何の話をしているのか分からなかった。クラリーチェはそれを簡単に飲み込んだ。
「――ビビってんのか? ロバート」
「うるせえよ、アドリアーノ」
傍らに立つ機械人形が笑う。それを横目に、俺は金属製の扉と再び向き合う。
……扉の中心にあるボタンを押せば、中にいるクラリーチェに声が届く。
どういう造りになっているのか知らないが彼女の発明のひとつだ。
『何かありましたか? アドリア……貴方ですか、ロバート・サータイト』
「……え、見えてるのか? 扉の外が」
『ああ、改良後に来たのは初めてでしたね。廊下の天井を見てみてください』
言われるがままに上を見る。
その先、天井には何か黒い望遠鏡のようなものが設置されていた。
「この黒い奴から見てるんだよな……?」
『ええ、その通りです。貴方の反応はいつも新鮮で良いですね』
扉の向こう、いいや、扉に内蔵されている機械を通してクラリーチェの声が聞こえる。
声と一緒に紅茶のカップの音まで聞こえてくるのだから、本当に音の拾い方が凄まじい。
見えるということ以外にも、音の方も改良したのだろうな。
『それで? 今日は何の用ですか?』
「……ぁ、ああ、真剣な話がしたいんだ。少しで良い、扉を開けてくれないか?」
『嫌ですね。貴方と直接話すといつも乗せられてしまうので』
ここで扉を開けるか開けないかで争うのは、無意味だろうな。
それにまだ立ち去れとは言われていない。今は扉越しに話をするしかない。
「分かった」
『――素直ですね。良いでしょう、話は聞きます』
「ありがとう、クラリーチェ」
一度、息を吸って吐き出す。
クラリーチェの新しい発明に驚かされてすっかり自分を見失っていた。
けれど、もう大丈夫だ。
「クラリーチェ、俺は成人を機に外に出る」
『そうですか。さようならですね、ロバート』
出鼻をくじかれる俺を前に、アドリアーノが笑みを零す。
「くくっ、お姫様はドライだねぇ。さて、どうするよ? ロバート」
『黙りなさいアドリアーノ、これは私とロバートの話です』
「おおっと、こりゃ失敬。ただな、クラリーチェ。今回の話、真面目に考えた方が良いぞ。外に出るとしたらこれがラストチャンスだ」
そこまで言って自分の指で唇を塞ぐアドリアーノ。
これ以上、喋るつもりはないということか。
「っ、俺の旅に、お前も着いてきて欲しいんだ。クラリーチェ・ファンティーニ」
『……どうして?』
どうして、か。どうして俺はクラリーチェに着いてきて欲しいと思うのか?か。
どうしてだろうな。島の中でさえ外に出たがらないような女を、どうして俺が欲しいと思っているのか。
不思議だ、自分でも不思議に思う。けれど――
「――お前が、外に出たいと思っているんじゃないかと俺が思っているからさ。
クラリーチェ、お前は天才だ。マキシマとマリアンナという先達がいたからとはいえ、機械魔法という技術を確立してモノにした。
まごうことなき天才。この島に2人といない存在だ」
そう、クラリーチェに追随できる人間はもう、この島の中にはいない。
せいぜいアドリアーノの中に記録されているマキシマの遺産くらいしか研究する対象はない。
クラリーチェは、自分の才能を高める同志を持たない。
「この島の中に、お前より先を走る人間はいない。機械魔法というものにおいてお前の先には誰もいない。
だからさ、外の世界に、スカーレット王国にいるであろう魔法使いたちに出会いたくはないか?
マリアンナは機械という技術は見たことがないと言っていたが、この島にだってマキシマが来たんだ、機械技術を持った人間も他にいるかもしれない。
自分とは違う知識を持つ先駆者たちに、出会いたいとは思わないか? クラリーチェ!」
黒い望遠鏡を見つめる。その先にいるクラリーチェに届くように。
『……ロバート、貴方が外に出たいと思う理由を教えてください』
クラリーチェの質問、その意図を測りかねる。
彼女に俺の言葉が届いたのかどうか、分からない。
けれど、今は従おう。彼女に言われた通りに。
「俺は、外の世界が知りたい。歩いて回れるような冬の島よりも広い世界を知りたいんだ。
魔法というのは何なのか、サータイト様以外にも神様はいるのか、ドロップのような妖精がいるのか。
全てを知りたい。この世界の全てを。この島にある本は、もう読み尽くしたんだ。禁書以外はな」
紅茶のカップが揺れる音がした。
『嘘ですね。貴方が外に出たがる動機に”クリス・ウィングフィールド”が関わっていないはずがない』
「……そんなこと、言わなくたって分かることだろ?」
扉の向こう、クラリーチェが沈黙する。
完全な静寂が重くのしかかる。
……どうだ、いったいクラリーチェはどう応える? 俺の誘いに乗るか、降りるのか。
『――もう良いんじゃないのかい? クラリーチェ』
『バネッサ……もう少し焦らさせてくださいよ』
『ふん、綻んだ顔をしながらよく言うもんだ』
ッ――な、に?!
「なっ、いつの間に入ってたんだ、バネッサ?!」
『アドリアーノ、アンタまだ護衛役として二流なんじゃないのかい? 隙だらけだったよ』
……バネッサの奴に協力を頼んでいたが、まさか先に入っているとは。
”潜入してクラリーチェの扉を開けてくれ”ってのが俺の頼みだったが、まさかとっくの昔に中に入ってクラリーチェと顔を合わせていたなんて。
『扉の鍵を開けました。どうぞ中へ――』
クラリーチェの声に導かれ、扉を開く。
その先には、熱い紅茶を用意したクラリーチェが待っていた。
「――ようこそ、ロバート。貴方の誘い、お受けします」
眼鏡越しにクラリーチェからの視線が向けられる。
そして彼女の手から紅茶を受け取る。
「ありがとう、クラリーチェ。楽な旅にはならないだろうが、楽しい旅になることは約束しよう」
「ふふっ、約束など不要ですよ。貴方も私と同じで外を知らないんだ。
私はその事を承知したうえで貴方に乗ります。だからこの島の外に何が待ち構えていようと、それは貴方の責任ではない」
クラリーチェの言葉が、本当にありがたかった。
「――さて、ロバート。これで全員そろったわけだね」
「ああ、最悪お前との2人旅も覚悟してたよ、バネッサ」
言いながら一口、紅茶を飲む。
……誘ったのは全員が幼なじみだ。
断られるとは考えていなかったけれど、それでもやはり肝が冷えた。
「ところで次はどうするんだ? ロバート船長?」
「聞かなくても分かります。誘うんですよね? 最後の1人を」
「ああ、ベルザリオ・ドラーツィオを誘う。4人全員集めたら話を聞いてもらう約束だ」




