第4話
「次に誘うのは、アドリアーノとクラリーチェだよね?」
こちらの誘いに乗る。そう了承してくれたバネッサから向けられる確認。それに頷く。
俺がベルの兄貴に宣言した仲間集めは残り2人。
最難関であるクラリーチェと、彼女に関わりの深い男アドリアーノ・アルジェント。
「もちろん。アドリアーノの方は乗ってくれるだろうが、結局はクラリーチェを口説けなきゃ意味がない」
「まぁ、だろうね。アドリアーノだけが来ることはないさ」
「そこでだ、バネッサ。頼みがある――」
バネッサに耳打ちし、俺は真正面からアドリアーノの元へと向かい始める。
クラリーチェの実家であるファンティーニの薬局へと。
『なんでアドリアーノは乗ってくれるの?』
「あいつの創造者が外に行ったからさ、ドロップ」
『創造者? お父さんのこと? お母さんのこと?』
――お父さんか。そうたとえるのが一番分かりやすいのかもしれない。
けれど、たぶん少し違う。
アドリアーノ・アルジェント、あの男を創った人間を親と呼んでいいのかと言われれば少し違う。
「……7年前、この島に”いきなり現れた男”がいた」
『いきなり? 流れ着いたとは違う? マリアとは違う?』
「ああ、違うな。マリアはスカーレット王国から来たと言ったが、その人は日本から来たと言っていた」
そこからしばらくドロップに対して説明する。
7年前、マキシマと名乗る男がこの島を訪れて、博士と呼ばれるようになった経緯を。
特にクラリーチェが彼から多くを学んだこと、そしてマキシマ博士がクラリーチェに残した1人の機械人形のことを。
『……ああ、それでアドリアーノだけ”違った”んだ。わたし、あれも人間の形のひとつだと思ってたよ』
「まぁ、人間じゃないが、俺たちの仲間の1人だ」
『じゃあ、わたしと同じだ。人間じゃない♪』
踊るドロップと指を絡める。
まったく、こいつも考えているんだか考えていないんだか分からない奴だ。
「――お、久しぶりの来客と思ったら妖精連れの冷やかしかよ? ロバート」
「冷やかされたくないのなら、今すぐレベッカを全快にする薬を作ってくれよ、アドリアーノ」
ドロップを胸の宝石に仕舞い、アドリアーノと向かい合う。
マキシマ博士がクラリーチェに用意した彼女の守護者、アドリアーノ・アルジェントと。
……今、こうやって向かい合っても目の前の彼が人間ではない機械の産物などとは信じられない。
「……おいおい、ヘビーな冗談だぜ。あの娘をすぐに治す方法がないことくらい知ってるだろう?」
「もちろん痛いほど知ってる。クラリーチェがそれを用意しようと頑張ってくれていることも」
不謹慎な冗談だが、このやりとりは幾度となく行ってきている。
これをやると一発でアドリアーノを黙らせられるし、何よりもクラリーチェの進捗も分かるからだ。
「生憎と進捗は無しだな。まぁ、疲れに効く薬なら売るぜ? ちょっと割高になるが」
「――結構だ。それよりもアドリアーノ、誘いがある。それも飛び切り真剣な奴だ」
「真剣……マジってことか。お前がレベッカちゃん以外でマジになるなんて気色悪いな?」
……まったく、マキシマの奴はいったい何を考えてこいつの性格をこうしたんだろう?
それとも俺たちの接し方が間違えていたからこうなってしまったんだろうか。
「うるせえ、俺だってレベッカ以外でマジになることはある」
「……マリアンナの話か? それとも、あれか、あの”クリスの姉ちゃん”って奴の話か?」
割と見抜かれているのが腹立たしいな。
そして、こいつ口からクリスの名前を聞くたびに実感するのだ。
ああ、こいつだけは10年前にクリスの姉ちゃんに出会っていないのだと。マリアンナと同じように。
「――どっちでもあるし、そうでないのかもしれない」
「なんだ? 哲学の話はやめてくれよ、俺の頭脳は高性能じゃないんだ。比喩には弱い」
「分かった。単刀直入に言うぞ。俺はこの島の外に出る。お前も着いて来い、アドリアーノ・アルジェント。マキシマ博士に会わせてやる」
こちらの顔を一瞬ばかり見つめてくるアドリアーノ。
その瞳がフッと動き、奴は笑みを浮かべた。
「マキシマに大した興味はねえ。だが、着いていくのは良い。お前がしたいことなら手伝ってやる。
でも、そのためにはひとつ条件がある――」
「――クラリーチェだろ? 分かってるよ」
俺の言葉に満面の笑みで答えるアドリアーノ。
……まったく、マキシマに興味がないのに即決で着いてくるってのはどういう判断なんだか。
「お前が俺のお姫様を口説ければ、その従僕たる俺も自動的にお前の仲間だ。アンダスタン?」
「……いつも思ってるけど、どこの言葉を使ってんだ? お前」
「知らねえ。けど、こういう風にインプットされてるからさ」
そう笑うアドリアーノに連れられ、薬局の裏へと進む。
この廊下を進めば、クラリーチェの研究室が待っている。
マキシマ博士とマリアンナとクラリーチェで造った金属製の工房も、今やその主は1人だけだ。
「……しかし、あのちんちくりんが大きくなったもんだよな」
「ふん、お前はいつまでも変わらないな。あの時から大きいままだ」
7年前からアドリアーノはアドリアーノだった。
生まれ落ちたその時から、造り出されたその時から彼は大人の身体を持っていた。
……そんな彼にも、いつの間にか随分と近づいたものだ。
「まぁ、まだまだ俺の方がデカいけどな」
「いずれ追い抜くさ。……なぁ、アドリアーノ”お前は”どうしたいんだ?」
「俺は? どういう意味だ?」
少しばかり息を吸う。こいつと真面目な話をするのは少し緊張する。
「――お前さ、マキシマに興味はないって言っただろ?
それなのに俺を手伝うって言った。クラリーチェが頷けば、俺を手伝うって。
……だからさ、気になるんだよ。お前は、アドリアーノ・アルジェントは何がしたいんだ?って」
こちらの問いを前にその表情を真剣なものへと変えるアドリアーノ。
こういう瞬間を見ると彼が大人なのか子供なのか分からなくなる。
同世代の悪友なのか、それともマキシマという大人が残した先達なのか。分からなくなる。
「……俺は、クラリーチェを守るために用意された。それが第一だ。
そしてその次はお前らを守ることが優先する。
クラリーチェの友人たち、ロバート、バネッサ、ベルザリオ、マリアンナ、お前たちを守ることが俺の目的だ」
そう告げるアドリアーノを見ていると、思ってしまう。
「そんなの、そう造られたから、そう生きてるだけじゃないか……?」
「ふふっ、それの何が悪い? 7年だ、俺が生み出されて7年、最初にインプットされていた行動理念があったとはいえ、お前らとは7年つるんできた。
それでも、ただの一度も思ったことはない。お前らを守るという行動理念を不要だとか、重荷だとか、そう感じたことは一度もない」
――それだけお前らのことが好きなんだ。
まっすぐに向けられるアドリアーノの言葉が胸に刺さった。
「……まぁ、正直に言うとこうなるのなら去年のうちに行きたかったけどな」
「マリアンナのこと、だよな?」
こちらの確認に頷くアドリアーノ。
そうだ、彼の守ると言った対象の中にはマリアンナも入っているのだ。
マキシマ博士の思い入れから言っても、自分の弟子となったクラリーチェの次にマリアンナは重要だろう。
だって、マキシマ博士に魔法を教えたのがマリアンナ・ヴィアネロなのだから。
「マリアンナに着いていこうとは思わなかったのか?」
「……思った。クラリーチェには”この島に留まる私よりもマリアンナの方が危ういから着いていけ”とも言われたしな」
「そこまで言ってたのか、クラリーチェは」
言っていてもおかしくないとは思うが、いざこうやって聞くと驚く。
「でも、マリアンナに止められたんだよな。お前はクラリーチェたちを守れって。
ベルの奴が涙を呑んでるのに、俺が強行突破って訳にもいかなかったし、結局はこうなったわけだ」
「なるほどな。それで今更になって追い始めるわけだ、俺たちは――」
そう告げた時、俺はクラリーチェの工房、その扉の前に立っていた。
俺が集めたいと思った仲間、その最後の1人。クラリーチェ・ファンティーニ、彼女を口説けるかどうかで全てが決まる。
アドリアーノとベルザリオ、2人を仲間にできるかの分かれ道だ。
(……最悪、バネッサとの2人旅かな)
そうなるとレベッカの受けた神託を破ることになるから、親父は船を用意してくれないだろうか。
なんてことを考えていた。
「――俺たちがマリアンナを追い始められるかどうか。お前の追いたいクリスの姉ちゃんを追えるか。
それはここからのお前次第だ。俺のお姫様を口説いてみせな、ロバート・サータイト」




