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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 前編」
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第3話

 ――バネッサ・アルベルティ。

 彼女は、この島で漁師の家に生まれた。

 漁の才能があるし、何より彼女の魚料理の美味しさは尋常じゃない。

 旅は長くなるだろう。海の上で過ごす時間を考えれば、釣りができて料理ができる逸材を逃す手はなかった。


「あれ? どうしたのさ、ロバート。レベッカの手伝いは?」

「今日は無しだ。お前を口説きに来たからな」

「なにさ畏まって? あ、そうだせっかく来たんだから氷水作ってよ」


 水揚げしたサルーアという魚を、お父さんと仕分けしている最中だった。

 生で売る分、干物にする分、塩漬けにする分と分けて行っている。

 そこで俺が通りがかれば、求められるのは”氷水”というのは当然の話だ。


「分かった。その代わり、あとで俺の話を聞けよ?」

「良いよ? 聞くだけならね」

「じゃあ、海水を寄こせ」


 バネッサから海水を受け取る。彼女の結ばれた黒髪が揺れる。

 ……海に出ているというのに本当に白い肌だ。それでいて血色が良い。


「……何さ? ロバート」

「いや、綺麗だなって」

「水が?」

「違う、お前がだよ、バネッサ」


 俺の言葉を笑い飛ばすバネッサ。


「おだてたって何もでないよ。いや、ご飯でも食べてく? もう食べた?」

「まだ食べてない。作業が終わったら飯だよな?」


 漁をして、魚を分けて、それでご飯を食べる。

 アルベルティ家のいつもの流れだ。何度も手伝っているからよく分かる。


「そうさ。ロバートが手伝ってくれれば、早く終わる」

「分かったよ――よろしく頼みます! 親父さん、兄貴さん」

「おう、バネッサと作業しといてくれ」


 塩漬けの準備を始めているバネッサの親父さんと兄貴さんに軽く挨拶をする。

 そして、俺は用意してもらった海水の入った桶に首飾りにしている宝石をかざした。


「――ドロップ」

『はいはーい♪ あ、もう着いてたんだ。こんにちは、バネッサ♪』

「ん、相変わらず元気そうだね。ドロップ」


 口を動かしながらも、短いナイフでサルーアの内臓を開いていくバネッサ。

 あのように開いて干物にするのだ。彼女の作る干物は本当においしい。


『んで? なんで呼んだの? ロバート』

「――氷水、作るぞ」

『んー、良いよ♪ やろう!』


 ドロップの承諾を得た瞬間、青い宝石へと俺の中の魔力が流れ込み始める。

 ……いいや、これを魔力と呼んでいいのかは分からない。

 ただ、マリア姐さんが教えてくれた魔法という術式。結局、俺には使えなかったけれど、あの時に掴みかけた何かに似た感覚がするんだ。


「もうちょっと細かくしよう」

『んー、了解』


 ひとつ目に作った氷が大きすぎた。これではサルーアを入れておけない。

 ――ドロップと俺、妖精と人間が宝石という触媒を用いて扱う魔法。

 これがあるから、ドロップとの出会いがあったから、俺は魔法使いと同じような力を得た。

 だから島の外に出ようなんていう無謀な夢を追い続けられたのだろう。何も無ければ、流石に他人をこの賭けに付き合わせられなかった。


『はーい♪ 出来上がり~♪』

「ありがとう、助かったよ。ドロップ」


 用意した氷水にサルーアを入れていく。これで生魚として売れるという訳だ。

 少なくても生としても明日までは持つし、火を入れれば数日は食べられる。


「流石だねぇ、ロバート。まるで神子様みたいじゃないか」

「……神子はレベッカだけだよ。俺は神子じゃない」


 そう、俺は神子の家系に生まれた。けれど、神子じゃない。

 サータイト様の声は聞けないし、髪の色も青じゃなくて金色だ。

 瞳の色だけは青だけれど、レベッカのそれに比べれば薄い。


「さ、次は干物づくりだ。さばいてもらうよ」


 バネッサから鞘に入ったナイフを受け取る。

 それを使ってサルーアの首を斬り落とし、内臓を捨てながらその身を開いていく。

 ……地味な単純作業だけれど、実は結構好きなんだ。これをしていると心が落ち着く。


「……で、話ってなんなのさ? 私を口説くとか言っていたけど。

 ひょっとしてあれかい? 家に居場所がなくなったから漁師になりたいとかかい?」


 割と現実的にあり得そうな話を振ってきたな、バネッサめ。

 そうだ、神子の家系に生まれた神子でない男子などそのうち居場所がなくなる存在だ。

 レベッカが婿を貰えば間違いなく。その前に人手不足のアルベルティ家に婿入りするというのは確かに良い手段だ。


「それはそれで面白そうだけどな、違うよ。俺はもっと面白いことに誘いに来たんだ」

「――へぇ? もっと面白いことねえ?」


 サルーアを干していたバネッサの手が止まる。

 俺の方をマジマジと見つめていた。


「”ここの魚は食い飽きた。特にサルーアの料理法は全部試した。いい加減に他の魚を料理したい”」

「――ゲッ、去年の話、よく覚えてるね」

「当たり前だ。マリア姐さんに着いていこうとしてたこと、俺が忘れるわけないだろう?」


 俺は旅立つマリア姐に”1年待ってくれ”と言った。

 バネッサは”着いていきたい”と言ったのだ。ベルの兄貴でさえ表立っては言わなかったことを言っていたんだ。


「まぁ、アンタは筋金入りだもんね。”クリスの姉ちゃん”に会うために」

「……ああ、この10年間抱き続けた想いだ。そして次の春、俺たちは成人する」

「成人か、そうだね……島を出るとしたら、この時期しかないんだろうね……」


 バネッサがサルーア干しを再開する。そこからしばらく、会話はなかった。

 干物づくりが終わって、塩漬け中の親父さんたちよりも先に家に上がって水揚げしたばかりのサルーア料理を用意してくれる間、静かな静寂が続いていた。

 ……島を出たら、こんな時間はもうないのだろうな。アルベルティ家の手伝いをするこの時間はもう。


「――いただきます」

『いっただきまーす♪』


 バネッサとドロップに合わせて俺も同じように”いただきます”と言葉にする。

 そしてサルーアの刺身を口に運んだ。薬味として塩をつけたそれは、本当に美味しい。

 けれどもう幾度となく食べてきた味だ。知り尽くした味なのだ。


「アンタさ、去年マリアがなんて言ってたか覚えてる?」

「”スカーレット王国は、君の思うような理想郷じゃない”だったな」


 パクパクとサルーアを食べ進めているドロップを横目に、俺たちの箸は止まっていた。


「……姐さんさ、逃げて来たって言ってたよね。王国から逃げてここに流れ着いたんだって」

「ああ。そして戻っていった。兄を、家族を捨て置けないからって」

「――ねぇ、ロバート。アンタは10年前に1度きり現れたクリスさんと、9年間も私たちと一緒にいてくれたマリア姐、どっちの言葉を信じるのさ」


 どっちの言葉、か。

 10年前、クリスの姉ちゃんは言った。大きくなった俺と出会える日を待っていると。そう言ってくれた。

 1年前、マリア姐さんは言った。スカーレット王国は、理想郷じゃない。だから俺に来るなと言った。恋人だったベルの兄貴さえ遠ざけた。


「どっちの言葉も、信じない」

「……は?」


 俺の回答を聞いたバネッサがあっけにとられているのが分かる。

 それもそうだろう。きっと彼女は俺がクリスの言葉だけを信じていると思っていたのだろうから。

 けれど、そうじゃない。俺は10年間向き合ってきた。あの一夜限りに出会ったクリスの姉ちゃんの言葉と。

 そしてその少し後に現れた”外で傷つけられて逃げてきたマリア姐さん”のことも。


「クリスの姉ちゃんも、マリア姐さんも、この島の外は”広い世界”だって言ってた。

 そこから先は、そこが良い所なのか悪い所なのかの話は別れている。母数がどれだけいるのかは分からない。

 数百人いるのか、千人いるのか、万人いるのか。どれにせよ、広い世界のうちの2人の話しか俺たちは聞いていない」


 ――いいや、もう1人の人間が訪れたこともあったな。

 スカーレット王国ではなく、日本という場所から来たという男が現れた時期が。

 彼のことを含めたとしてもだ。俺たちは余りにも何も知らないのだ。


「だからな、バネッサ。俺は知りたいんだ。

 外の世界がどういう場所で、なぜクリスの姉ちゃんは俺を招いて、なぜマリア姐さんは俺たちを拒絶したのか。

 この島の外に広がる世界を知りたい。お前が、この島では獲れない魚を食べたいように。そこが理想郷かどうかなんて、関係ない」


 俺の言葉を静かに聞いていてくれたバネッサ。その顔から笑みが零れる。


「ハハッ、そっか。そうだよね。私たちは”知らない”。

 クリスが正しいのか、マリアが正しいのか、それともどっちも正しいのか、どっちも正しくないのか」

「そうさ、だから確かめに行くんだろ? その旅にお前の技術が欲しい。漁師として料理人として、そして何よりもお前が欲しい。バネッサ・アルベルティ――」


 立ち上がり、スッと右手を伸ばす。

 その手を見つめ、バネッサは自らの右手をぶつけてくる。

 俺はそれを掴み取った。


「――良いよ。アンタの誘いに乗ろう。

 くくっ、本当、アンタといると退屈しないわ。ロバート・サータイト?」

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